第8話 赤・白・黒

ホールは東西病棟共通のエレベーターホールから
病棟に入って右側にあった。
西病棟寄りに畳エリア、
病室寄りには看護師がお茶を用意する小さな流し台と、
使われていないベッドやテレビ台などが置かれていて、
あとはテーブルと椅子が並べられている。

見舞客はナースステーションの脇に置かれてあるノートに、
氏名や患者氏名、時間などを書き込んで、
原則このホールで面会することになっている。
あたしは病棟に戻るといったん病室に戻り、
洗面所でうがいをしてから、ホールに行った。

のどの痛みが引いて、
つばが飲み込めるようになっていたので、
ペットボトルのお茶はまずクリアできた。
のどが渇いていたので、
500ミリリットルボトル1本まるまる飲みきってしまった。

次はプリンだ。
売店には、硬めのカスタードプリンもあったが、
この場合は安いプリンが攻略しやすそうだった。
購入時にもらった、
白いプラスチックの小さなスプーンで、
プリンを小さくすくって、
それをなるべくのどの奥の方へ入れる。
...これもクリア。
プリンは甘いからしみないのだろう。

「あ、関屋さん探してましたよ」
プリンを食べている最中、看護師が通りかかった。
どうやら売店にいた間、あたしは探されていたようだ。
ちょっと気まずかった。
「関屋さん、食べたらでいいので眼科外来までお越しください」
「はあい」
あたしはプリンを食べるペースを上げた。

眼科外来は2階の皮膚科外来の近くにあり、
その前は順番を待つ患者で恐ろしく混んでいた。
しばらく患者の間に混じりソファに座って待っていたが、
微熱でだるいのと、点滴が逆流しそうだったので、
中待ちのソファに移って、そこのソファに半分横になった。

すると、看護師に具合でも悪いのかと心配されてしまった。
全身にものすごくハデな発疹があり、
点滴つきパジャマ姿のあたしを見たら、
誰だってそう思わざるをえないだろう。
しかしそのデモンストレーションのおかげで、
待ち時間が短く済んでラッキーだった。

視力検査のあと、黒いカーテンのついた、
こまかく仕切られた占い部屋のような診察室で、
あたしは眼科医になぜ眼科なのか聞いてみた。

眼科医は、
「この病気は目にも来て、
眼球とまぶたが癒着しやすい。下手すると失明する事もある」
と、説明してくれた。

あたしは目やにがばんばん出て、目がかゆいと訴えた。
が、眼科医は、
「今のところ癒着もないし、
目にあんまり薬は使いたくないので
このまま様子を見ましょう」
と、訴えを退けた。

眼科での診察のあと、トイレラッシュに見舞われた。
点滴かつ500ミリリットル一気飲みだ、仕方ない。

あたしには、口の中の炎症用に粉霧薬が出されている。
専用の道具にカプセル薬をセットし、
それに針で穴をあけてから、
口の中に向けてパフパフとするものだが、
なかなかその加減がむずかしい。

昼食後にそれをしようとしたら、
唇が割けてぼたぼたと出血してしまった。
あわててティッシュでそれを拭き取った時、
顔の発疹部分が黒くなっている事に気が付いた。
正常部分の肌色と、まだ炎症の激しい赤い発疹、
炎症がおさまりつつある黒い発疹。
唇からの出血と加えてこれはすごい。
グロテスクとしかいいようがない。

面会時間が始まって間もなく母がやって来た。
前日あたしがメモに書いた注文の品のほか、
本を持って来てくれた。
母はあたしに調子はどうだと聞くので、
「子供の泣き声と老人のいびきで眠れないよ」
と、答えた。

「ひとみ...あんた声、戻ってるじゃん」
母はあたしの声が戻っている事に驚きを示した。
そうして次来る時は何が要るのかなどを
話しているうち、放送が入った。

「これより皮膚科の教授回診が始まります。
患者のみなさん、テレビ、ラジオ等を消して
スポットライトをつけてベッドにてお待ち下さい」
教授回診?
なんじゃそら。
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