第5話 皮膚の扱い

とりあえず病院が貸してくれた寝間着に着替えると、
病室に付き添って来てくれた看護師さんが、
いろいろと入院の説明をしてくれた。
説明が済むと、母は自宅へ荷物を取りに行った。
あたしは説明に引き続き、
アレルギーの有無や食べ物の好き嫌い、
生活での注意点などを書き込む用紙を渡され、
それに記入していた。

それを書き終えると、看護師は回収と同時に
尿量チェック表を置いて行った。
排尿時にいちいちカップに尿を取って、
その量を測定し、表に記入しろというのだ。
面倒くさいが、
まあ内臓もやられているようだから仕方ないか。

いろいろ面倒な事からやっと開放されたあたしは、
ベッドに入ってふとんを胸までかけた。
薄いふとんだ。
病棟といえば暑い感じがするが、
ここは暑くも寒くもない、
絶妙な温度が保たれている。
家だとボアのシーツに毛布が
まだ使われているくらいだ。

きょう一日いろいろあって...
いや、ありすぎてなんだかとても疲れた。
あたしはとりあえずそのまま寝るでもなく、
起きているでもなくただベッドに入って天井を見ていた。
口の中が荒れているので、
呼吸する度に病んだ臭いが鼻をついた。

そのうち肌が乾いてきた。
あたしはナースコールを押して、
看護師を呼び、ささやくような声で、
「肌が乾くので体拭きたいのですが」
と、言った。
看護師は「少々お待ち下さい」と言って、
いったんその場を去り、しばらくして戻って来た。
その手にはビニール袋などいろいろ持っていた。
「先生からお風呂の許可が出ましたので、
点滴いったん止めますね」
看護師は点滴を一時中断し、
その手をビニール袋で覆って防水する処置をした。

それから、あたしが今日いきなりの入院で、
まだ何も準備をしていない事を告げると、
タオル類や石けん、シャンプーなどを貸してくれた。
そしてお風呂の前まで案内され、
使い方を教わって入る前に、
「出たらナースステーションまで
声かけてくださいね。処置がありますから」
と、言われた。

...まさかここでお風呂を使えるとは思わなかった。
せいぜい体を拭く程度だろうと
思っていたので驚きであった。

お風呂を使い終え、
借りた石けんやシャンプーなどを
返すついでにナースステーションに声をかけた。
すると、寺内先生がのそっと出て来て、
「じゃあ薬塗りましょうか」
と、なんだか東北弁に近い訛りで言った。
こいつ、一体どこの人なんだろう。

あたしは先生のあとについて、
ナースステーションの隣の隣にある
皮膚科処置室に入った。
ちょっと待て。
このおっさ...いや、先生が薬を塗るのか?
普通、女性患者には女性看護師が薬塗らないか?
いや、あたしの場合はちょっと
重症だから特別なケースなのか?

...まあいいか。
あたしは普通に寝間着を脱ぎ出した。
このへんがあたしの間違っているところだろう。
ここはもうちょっと恥じらいというものを持ち、
顔など赤らめ躊躇しながら
脱ぐのが正しいのではないか。

寺内先生は、部屋の隅に置かれた棚から
白いプラスチックのかごを取って来た。
かごには「関屋ひとみ様」と
書かれた紙がテープで止めてあった。
その中には、チューブに入った
塗り薬が3種類、多めに入っていた。

うち1種類のピンクのチューブは、
家でも使っていた保湿剤で、
あとは白いチューブ、紫色のチューブとあった。

先生はまず、紫のチューブを取って
それをあたしの首から上にみっちりと塗った。
顔にステロイドを使うのはあまり好きじゃない。
なんだか跡が残りそうだ。

首から上に弱い薬をつけ終えると、
今度は体に移った。
体の方にはずっと強い薬を使う。
先生は保湿剤と体用の白いチューブの薬を
手の甲に取って混ぜた。

その時、白いチューブの薬が
驚くほど強いものなのを見た。
「こんな強い薬、使ったことない」
「そう?これでもまだ上から2番目だよ」
疲れているからか、
もともとそういう話し方をする人なのか、
先生はそっけなく答えた。

それにしても先生の薬を塗るその手つきは、
例の点滴針挿入ポイント探しと同じ、
さわさわとした痴漢的手つきだ。
それが皮膚の扱いとして
正しいのはわかっているが、
この先生にそれをされるとなぜかものすごくむかつく。
これはもう、屈辱といってもいいだろう!
むきゃあ!!
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