第43話 まゆ毛はちゃんと剃るのよ

入院18日目。
とうとう退院の日がやってきた。
テレビ台の引き出しの中の安定剤は、
結局2.5錠分しか貯まらなかった。

朝、朝食までの時間、
あたしはレポート用紙に、
朝の回診で寺内先生に言うべき事をメモした。
最近はなんだかとても忘れっぽい。

今週の金曜日には、さっそく精神科外来がある事。
舌が痛い事。
あと、感謝の言葉。

それから...「誰も遊んでくれない時は言うのよ」、
「他人と会話する時には股をかいてちゃだめよ」、
「まゆ毛はちゃんと剃るのよ」。

今朝の薬つけは、もっさいおっさんと加藤先生だった。
あたしはまず、メモを読み上げて、
それからそのメモをもっさいおっさんにあげた。
それからいつもの薬つけに入った。

「退院なんて鬱ですね...」

あたしはため息まじりにつぶやいた。

「なんで?おうち帰れるのに」

もっさいおっさんは、あたしのお腹に薬を塗りながら、
もそりと返した。

「...淋しいです」
「......」

陰気なあたしたちとは逆に、
加藤先生はにこにことうれしそうだった。
まあ、これが普通だろう。

薬つけが終わって部屋を出る時、あたしは立ち止まった。
そして振り向き、
もっさいおっさんのぱつぱつと突き出た腹に両腕を回して、

「まゆ毛はちゃんと剃るのよ」

と、言った。

「......!」

もっさいおっさんは目を白黒させて、
それから手にしていた薬のチューブ2本を、
あたしの胸に押しつけて、

「また来週」

と、例のもそりとした口調で言った。

そうか、また来週か。
あたしは彼の手からチューブを取ると、
じゃあ、と言って皮膚科処置室を出た。

それからは荷物をまとめたり、
部屋のみんなと連絡先を教え合ったり、
昼食が出ないと聞いていたので、
カフェテリアでスパゲティミートソースを食べたりしていた。
テレビカードを精算払い戻ししてみると、420円戻った。

退院の準備が一応できたところで、
ナースコールを押し、安定剤をもらった。
何日か前から退院時の不安を
しつこく訴えておいたため、今回は2錠出た。
これで合わせて4.5錠になる。

安定剤を飲んで横になり、
少しぼんやりしてきたところで母がやって来た。
意外と早く来たのは計算外だった。

退院の手続きを済ませて来たというので、
あたしはぼんやりとしながら着替えて、
みんなに挨拶して、ぼんやりしながら退院した。
家に帰る車の中で意識がぷつりと途切れた。
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