最終話 もっさいおっさん

あれからあたしは変わった。
退院の翌日から躁の波がどっと押し寄せてきて、
あちこち出かけては散財しまくった。
貯金は減ったけれど、毎日がバラ色で、
入院時の鬱が嘘のようだった。

寺内先生...もっさいおっさんも少し変わった。
不精ひげは相変わらずだが、
それでも前よりはひげを剃る回数が増えたような気がする。
彼のワードローブもわずかながら増えた。
会話中に股を揉む事もなくなった。

驚きなのは、彼が
まゆ毛と目の間の、もさもさしたところを、
ちゃんと剃るようになった事である。
これは床屋に行くと、
散髪やひげそりのついでにやってくれるのだとか。

ちょっとかっこ良くなった。

病院には電子カルテが導入され、
精神科の丸山先生がかわいそうなくらい、
カルテの入力に手間どっていた。

もっさいおっさんはというと、
漢字変換の効率の悪さに使えねえを連発し、
挙げ句の果てにはシステムをフリーズさせる始末だった。
これがきっかけで、
彼が見た目以上の激しいアキバ系である事が発覚した。

しかしながら、彼のそそっかしいところは
いっこうに変わる事なく、
パッチテストの際、薬剤をつけた綿棒の先を、
テープの粘着部分にくっつけてしまったり、
国に申請する補償金審査のための書類を
忘れたと繰り返したり。

今日の診察でも、あたしが書類と言うと、

「忘れた!!」

と、叫んで医局に行ったものの、手ぶらで戻って来て、

「おかしいなあ、朝はちゃんと手に持ってたんだけどなあ...」

などとぶつぶつ言いながら、
看護師を巻き込んで書類をさんざん探したけれど見つからず。

「補償金申請できなかったら、先生が払うんだよ」

あたしは口を尖らせた。

「それ、いくらなん?」
「さあ...4万くらいだったと思う」
「たった4万か」
「4万でもあたしには重要なの。
...そうだなあ、現金じゃなくて、その金額分ごはんおごりでもいいな」
「牛丼屋か定食屋なら」
「ファストフードかファミレスでもいいよ」
「...安いな」

もっさいおっさんは、フッと鼻で笑った。

「なら、金額に達するまで回数を分けよう」
「ええー...」
「じゃあ、書類この次までに探しとくんだよ」


どうやら、もっさいおっさんとの攻防はまだまだ続きそうだ。
とりあえず今回のおしおきとして、
あたしは診察室を出る前に、彼の汗ばんだ、
太い首筋に左腕を付け根から絡ませ、
右腕でしっかりと締め上げた。



「もっさいおっさん」 完
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