第41話 ネクタイとすごい寝ぐせ

入院17日目。
昨日午後からの微熱が続いている。

「関屋さんおはよー」
8時頃、いつもの時間。
ぺたぺたと足音がして、
カーテンががらりと開けられた。
寺内先生...もっさいおっさんである。

あたしは今日の彼の姿に少し驚いた。

いつもはあちこちにシミのついた、
もっさい白衣の下に、
アキバ系なシャツを着ているのだが、
今朝はどういう風の吹き回しなのか、
白いワイシャツに、
地が紺色のネクタイをきつめにしめている。

そこで、あたしはさっそく薬つけの時に、

「先生、今日はネクタイなんかしめたりしてどうしたん?
会議でもあるん?」

と、もっさいおっさんに聞いてみた。
すると、彼はちょっと呼吸を詰まらせてから、

「ないけど、たまにはね」

と、もそりと答えた。

「へえ、めずらしい」

あたしはにやりと彼を冷やかした。

「そういや俺も医者になってから、
ネクタイしめた事ないなあ...」

あたしの右腕に薬を塗っている、外村先生が口を挟んだ。

「俺もあんまりない」

もっさいおっさんも、彼に同調した。
つまり、あたしは寺内医師の珍しい姿を目撃したという訳だ。
光栄と思っておこう。

もっさいおっさんが足に薬をつけるのにかがんだ時、
あたしは彼の後ろ髪に、
ものすごい寝ぐせがついているのを発見した。

「何これ」
あたしは鋭角に折れた、
彼の髪の毛のひと束を指先でつまんだ。
女の毛髪にはない、
毛の1本1本の断面図に角を持ったような、
ごわごわとした硬い手触りだった。

「ん?」
「先生、すごい寝ぐせついてる」
「本当?」
「髪が鋭角に折れていますよ、鋭角に」

そのやりとりを見ていた外村先生が、ぷっと吹き出した。

薬つけのあと、もっさいおっさんは、
皮膚科処置室にある、流し台に向かい、
寝ぐせに水をつけて直そうと必死だった。
あの硬い髪じゃ、ちょっとやそっとでは直らないだろう。
おまけに髪が水を弾いているし。
あたしはそんな彼がちょっとかわいく思えた。
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