第40話 むちむちぱつぱつ

「先生、先生て何食べたら、
そんなにむちむちぱつぱつになるん?」

検査についての説明が終わって沈黙が流れた際、
あたしがそう切り出したところで雑談に入った。

「牛乳だよ」

寺内先生は彼独特のもそりとした口調で答えた。
あたしの中では、
このおっさんの食事イメージは、
ひたすら脂、糖、塩だ。

「自分だって他人の事言えないくせに」

母がツッコミを入れた。
あたしは構わず続けた。

「前々から気になっていたんだけど、
先生のその訛り、どこの訛り?」
「ひみつ」
「ひみつが多いね。いつも同じ服なのは気のせい?」
「洗濯がめんどくさいんだよ」
「で、いつまゆ毛剃るん?」
「剃らねえよ」

なんだかいつものやりとりになって、説明は終わった。
それから母は精神科に呼ばれて行った。
何を説明されるのか、その内容が気になったが、
なんだかだるいので横になる事にした。
熱を測ってみたら36度8分あった。

母はそれから1時間ほどして帰って来た。
特にたいした話の内容ではなく、ただ長いだけだったとか。
そして車が混みはじめる時間になり、
母は和菓子を持って帰って行った。

それからこれももはや恒例となった鬱になり、
トイレに立ったついでと、
頓服の安定剤をもらいにナースステーションへ寄った。

その帰りにもっさいおっさんが、
薬や器具類のいっぱい載った回診用台車を
重そうに押しているのとすれ違った。
彼は鬱な状態のあたしを見ると、

「くすっ」

と、例の通りほくそ笑んだ。
あたしは彼を一瞥すると、そのまま部屋に戻った。

そしてしばらくすると安定剤がやって来た。
あまりにも鬱なので、
1錠飲んでしまいたいところだったが、
退院の日にそなえて半錠だけ飲んで、
残りはテレビ台の引き出しの小さい缶にしまっておいた。

ここが精神科病棟だったら、
毎回薬を飲む所をチェックされるとの事だから、
きっとこんな事はできなかっただろう。

夜、偶発的に始まった例の井戸端会議で、あたしが、

「今のこの状態から言っても、退院が今から激しく鬱」

と発言したら、アトピーのおばちゃんが、

「あたしの時も、調子悪いから
一時帰宅延期してくれって言ってもだめだったよ。
寺内先生、すぐに病院から出したがるのよ」

と、体験談を語った。
つまり、面倒は極力減らしたいという訳か。
...なんかあのおっさんらしいな。
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