第39話 きたない字

寺内先生は席につくと、病状説明用紙を広げた。
この用紙は、医師が患者やその家族に、
病状や治療方針を説明するのに便利な、
細かい欄が設けられていて、
医師はそれに沿って記入や説明をしていく。

もっさいおっさんもその例に漏れず、

「まず、病名はスティーブンス・ジョンソン症候群です」

と言い、胸ポケットからボールペンを取り出し、
病名欄にスティーブンス・ジョンソン症候群と書いた。

彼の筆跡は至極汚く、
ぽきぽきと角ばりながらも斜めに走った崩し字であった。
当然、判読には時間がかかる。
そして誤字が多く、それを直そうとしないのも彼の特徴だ。
どうやら彼はきわめて理系なようだ。

今日は母のための説明である。
入院以来、時間の都合上
母と寺内先生が顔を合わせることがなかったので、母から

「寺内先生と話をした事ないがどうなっているのか」

と言われて、先週末あたしが先生に説明を頼んでおいたのだ。
もっさいおっさんも、あたしに話をするのとは訳が違うらしく、
説明しながらきゅっきゅっと顔をしかめていた。

あたしが見た限り彼のこの癖は、
初回診察時や、教授回診、点滴針挿入時など、
緊張している時に出るようだ。

もっさいおっさんが、病気の症状や、
治療内容などを説明したあと、退院後について説明を始めた。
退院後はしばらく通院する事、
退院後も主治医がもっさいおっさんであることなど。

それから、あたしが弟から聞いた、
国からの補償制度について彼に話してみた。

スティーブンス・ジョンソン症候群は、
薬害として国から補償金が出ると、
弟がネットで知ったのがそのはじまりである。

補償金申請には、まずそれを取り扱う団体に電話して、
書類一式を取り寄せる。

その中から、診断書など、
医師や医療機関が書く書類を書いてもらい、
残りの自分で書く書類を書いて、2年以内に申請する。

それから審査などがあるが、
どうやら結果が出るまで1年くらいかかるらしい。

そんな訳で退院後も
寺内先生のところに通う必要があるという訳だ。
そして、診断書を書くには、
この病気がどの薬が原因なのかをつきとめる必要もある。

もっさいおっさんはその検査方法を3つ提示した。
パッチテスト、血液検査、
それから疑わしい薬を再度飲んでみる検査である。

もちろん、薬をまた飲んで
様子を見てみるのが最も確実だが、当然最も危険である。
次いで血液検査、パッチテストと並ぶ。
信頼性と危険度は反比例する。

もっさいおっさんは、この3つの検査の信頼性について、
検査の名称を書き連ねて、
その脇に丸、三角、バツをつけていった。
それはまるでギャンブルの予想を立てるような表現だった。

...このおっさんなら、ギャンブルも似合うな。
あたしは心の中でくすりと笑った。
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