第36話 殺人依頼

入院14日目。
ゆうべの激しい運動により、
いくぶんよく眠れた気がする。

午前中、主治医3号、
精神科の「ヘンなおじさん」がやって来て、
あれからリストカットをしていないかなど、しばらく話をした。

他人と会って話をするのは、
やはりテンションが上がるらしく、
先生が去ったあと、間もなく鬱スイッチが入ってしまい、
また手首を切ってしまった。
これで寺内先生との約束は、案の定守られなかった訳だ。

リストカットというものは、
一度やってしまうと、
あとはきっかけさえあれば簡単だ。
その依存性はステロイドと同等といっていいだろう。

午後、斜め向かいの右手を吊っているおばちゃんより、
おまんじゅうを2個頂いた。
しかしあたしは、そういうまんじゅう類を好まないので、
テレビ台の下の扉にしまっておいた。
木曜日に母が来た時、母が食べるだろう。

それからは友人に手紙を書いて過ごした。
手紙には寺内...もっさいおっさんの事、
入院生活、リストカット再開についてなど、細かに書いた。
手紙を書き終えると、またする事がなくなり、
夕食までぼんやり過ごす事にした。


天井を眺めながら、いよいよ今週末に迫った退院の事を考えていた。
あたしの体には、炎症がおさまったとはいえ、
まだ多くの発疹が残っている。
それに、新しい気分安定剤を飲み始めてから、
まだ1週間も経っていない。
なんだか急いで追い出されるようだ。
そう思うと、圧倒的な孤独感があたしを襲った。

寺内先生や、病院のみんなどころか、
世界中の全ての人々が、あたしの存在を邪魔だと言っている。
世界中の全ての人々が、あたしに一刻も早く、
この世を去ってほしいと願っている。

あたしも、この世に存在しているだけ迷惑なので、
できれば早くこの世を去ってしまいたいと思っている。

では、自殺する勇気があるかというと、そんな勇気はない。
このへんが自分の心の弱さだ。
ムシのいい話だが、いっその事誰かに殺してもらえれば...!
でも、一体誰に?

その時、ぺたぺたという足音がして、
寺内先生が内股で登場した。
彼はカーテンを少し開け、その隙間から顔を覗かせて、

「くすっ」

と、いつものようにほくそ笑んだ。
そして、

「あ、落ちてる」

と、何やら楽しげにつぶやいた。

...この人しかいない。
あたしは涙を拭きながら顔を上げた。

「先生、ちょうどいいところに。ちょっと頼みがあるんですが...」
「ん?」

もっさいおっさんは中に入って、テーブルの脇で立ち止まった。
あたしは彼に自分の思いを正直に打ちあけた。

「あたしを殺してください」
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