第34話 心を守る武器

今日は1日のうちにあまりにも
いろいろな事がありすぎた。
今夜はとても眠れなさそうだ。

寝る前、あたしはナースコールを押して、
頓服の安定剤をもらって飲んだ。
1日で2度も安定剤を飲むのは初めてだ。

火曜日。
入院13日目。
薬のおかげでよく眠れたが、
さすがに寝る前の安定剤は強烈だった。
薬が残ってぼんやりする。

「関屋さんおはよー」

朝、いつもの時間にぺたぺたという足音がして、
寺内先生がカーテンをがらりと開け、
内股でぺたぺたと入って来た。

あたしも、いつものように
ぎろりと田舎のヤンキー風に、彼を睨みつけてから、

「おはようございます」

と、ぼそり挨拶した。

もっさいおっさんは、白衣の上から
股をきゅっきゅっと揉んだ。
だからその癖やめろ!!
彼は少し声を落として、
いつも以上にもそもそと切り出した。

「...看護婦さんから聞いたよ。昨日、手首切ったんだって?」

「早いですね。もうばれちゃいましたか...」

あたしはふっと諦めの笑いを彼に見せた。
ちょっと気まずかった。

「なにで切ったの?」

寺内先生はもそりとあたしに質問を投げかけた。
しかし、なぜ切ったかは追及しなかった。
ちょっとありがたかった。

「これで」

あたしはテーブルの上に置かれた、
青い縁取りの、半透明プラスチックでできた筆入れから、
水色の柄のカッターナイフを取り出し、彼に見せた。

「良かったらそれ、預かるよ?」

もっさいおっさんはそう申し出たが、
あたしには彼があたしを心配して、
そう言っているとは思えなかった。

自分の受け持つ患者が自傷行為をしている事が、
看護師連中や他の医師たちに知れては
都合が悪いという感じだった。

「...いい」

あたしは彼の申し出を断った。
このカッターナイフは今、
あたしの心を守る武器だからだ。
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