第29話 人を見る人

日曜日だというのに、
寺内先生...もっさいおっさんがいる事に、
あたしは驚いた。

「ゆうべ当直だったんだよ」
そう答えたもっさいおっさんの、
ひげが昨日より伸びていて、
もっさい感じ倍増だった。

「ふーん...」
そういやこのおっさん、
皮膚科の他の先生と比べ、
病棟でよく見るけど、病棟担当係なのだろうか。

「じゃあ薬塗りますから、服脱いでください」
もっさいおっさんはそう言って、
ふやけた手に新しい手袋をはめ、
手の甲に薬を取ってそれを混ぜ始めた。
外村先生も同じようにしていた。
あたしは何も思う事なく上半身裸になり、
処置台に浅く腰かけた。

「さっ」
あたしが言うと、寺内先生が肩のあたりから、
外村先生が右腕から薬を塗り始めた。
なんだか銭湯の男風呂状態である。

「そういや先生て何歳?」
あたしは前々から疑問に思っていた事を、
もっさいおっさんに聞いてみた。
外村先生の年齢は、前に看護師から聞いていたが、
このおっさんの事は誰も知らないのである。

「32歳だよ」
彼はもそりと答えた。
35歳前後だと思っていたので、意外と若いと思った。
「...おっさんですね」
「自分だって他人の事言えないくせに!」
もっさいおっさんは彼独特のくすっという、
ほくそ笑むようないやらしい笑い方をした。
むっ。

薬を塗る寺内先生の顔を見て、
相変わらずまゆ毛がうっすら
つながっているなと思い、
「先生、先生てまゆ毛つながってますね」
と、そのまま口にした。

「え!?」
もっさいおっさんは薬を塗る手を止め、顔を上げた。
目を見開き、とまどった表情だった。
外村先生も驚いて顔を上げた。
「細かいところまで見ているんですね...!」

この事で驚いたのは、外村先生だけではない。
どうやら、あたしは他人の細かいところまで
見てしまう癖があるらしく、
何人もの人にそれを指摘されてきた。

良く言えば洞察力に優れている、
悪く言えばいやらしいと言ったところだろう。
そうでなければ、
こんな細かい入院記録なんて書けやしない。

「いや、いつも薬つけの時見えるから。
ほら、つながってますよね?」
あたしは寺内先生の眉間の、
まゆ毛がうっすらつながった部分を、
人さし指でそっとなぞりながら、
外村先生に説明した。

「うーん、そういや...」
外村先生はもっさいおっさんの
眉間をじっと凝視して、
まゆ毛がうっすらつながっているのを確認して笑った。

「で、いつまゆ毛剃るん?」
「剃らねえよ!」
もっさいおっさんは、目を白黒させながらきっぱり、
しかしもそりと即答した。
「剃りなよー、きっとかっこ良くなるよ」
あたしは笑いながら彼を冷やかした。

主治医1号、もっさいおっさん、寺内先生。
謎の主治医2号、新婚ロードレーサー、外村先生。
強烈な印象を持つこの二人の事を、
退院したら改めて書きたいと思った。
それがこの記録である。
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