第2話 死んでもいいかな

「見て見てー、手のひらにこんなのできてるよー」
あたしは手のひらに出来た発疹を、
夕食の支度をする母にかざした。
「ええっ、何これ!?薬疹じゃないの?変な薬飲むから...」
母は発疹そのものよりも、
精神科で処方される薬に抵抗を示した。
まあ、そこは昔の人間だから仕方ない。

あたしには軽いアトピーもある。
たまたまそれが手のひらに出たというだけで、
いつも通り軟膏と内服薬でそのうち消えるだろうと思った。
夕食後、精神科の薬を止めようかと思ったが、
急に止めていいものかどうかわからなかったので、
そのまま飲む事にした。

しかし翌日、手のひらの発疹は消えるどころか
どんどんその面積を広げていった。
おまけになんだかだるいわ
喉が痛いわで風邪もひいたらしい。
月曜日を待って、あたしは薬を処方した
クリニックへ行ってみることにした。
発疹は顔にまで広がり、唇は倍にふくれ、
微熱ながら熱も出て最悪だった。

そのクリニックはとなりの市にあり、
電車でいうと2駅のところにあった。
このあたりでは評判...というより、
ここくらいしかまともなところは
ないだろうということもあり、
クリニックの中は患者でいっぱいだった。

あたしは受付で、先週末から発疹が出始めた事、
熱も少しある事を話し、待合室で順番を待った。

すると、あたしの前にも
何人か待っている人がいるにもかかわらず、
「関屋さん、関屋ひとみさん」
と、名前を呼ばれた。

あたしは先生のいる診察室ではなく、
血液検査などをおこなう処置室に通され、
あたしより若いと思われる看護師さんから、
「いつから発疹が出始めましたか?」
などの問診を受けた。

間もなく、先生が入って来て、
あたしの顔や手を見ただけで、
「こりゃ薬疹の可能性があるな...」
と、言い、皮膚科を紹介しようかと言ってくれたが、
かかりつけの皮膚科がある事から、考えたいと返事した。

処置室で会計を待たせてもらっている間も、
先生はときどき様子を見に来て、
「あんまり具合悪いようなら皮膚科紹介するから」
と、言って、アレルギー止めを処方してくれた。

熱は本当に微熱で、
平熱よりちょっと高いというくらいだったので、
風呂に入って軟膏を塗り直したりする事はできた。
しかし、喉がどんどん腫れて痛くなって来て、
夕食に卵かけごはんを流し込むのがやっとだった。

夕食後、歯を磨いてすぐ横になった。
照明を消した暗い部屋の中で、
このまま喉がどんどん腫れ上がって、
気道を塞いでしまったら命にかかわるのかな、と思った。

しかし、すぐに、
「これは前々から願っていた、死ぬチャンスでは!?」
と、ある意味前向きに思い直した。
あたしは落ち込むと、
それこそ死を願ってしまうくらいに落ち込んでしまう。
だからなるべく、いや少々強引なくらい
物事を前向きに考えるようにしている。
夜、ひと晩じゅうおしリがかゆかった。

次の日もあたしは生きていた。
この日は前日よりも更に状態が悪く、
つばを飲み込むのも厳しかった。
目やにがびっしりと目のまわりについて、
目もなかなか開けられなかった。
それでも激痛に耐えながら、
卵かけごはんを流し込んだ。

午後には激しい下痢も始まり、
「ああ、これはもう内臓まで来てるな」
と、なんとなくわかってしまった。
このまま放っておいても、
なんだか苦しいだけで死ななさそうだし、
そろそろ止め時ではと思った。

次の日朝いちでかかりつけの皮膚科に行き、
禁断のあの薬をもらおうと思った。
禁断の薬とは、内服ステロイドのことである。

アトピーがものすごく
ひどくなった時に処方された事がある。
よく効くが、その反面ものすごい
副作用があるので禁断の薬だ。
その時は先生から、炎症の悪循環を
いったん断ち切るために使うと説明を受けた。

夕方からは声もだんだん出なくなってきて、
翌日の診察の時には、
きっともう声も出ないだろうと思い、
今までのいきさつや病状などを
紙に書いてまとめておくことにした。

水曜日の朝、無理を言って母に送ってもらい、
かかりつけの皮膚科へ行った。
そこは車で1時間ほどのところにあるのだが、
ふだんは電車で行っている。

いつものようにさらっと診察して、
禁断の薬でも処方されるかと思っていたが、
先生が意外な事を言った。

「これは入院したほうがいいですね」

ちょっと待て、入院だと!?
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