第1話 あたしはひとみ

その男の第一印象はとにかくアキバ系だった。
あたしの中で言う、「アキバ系」の定義は、
メガネ使用、中学生のような髪型、
シャツ中心のファッション傾向、
ぼそぼそとした暗い話し方などの事を指す。

あたしは関屋ひとみ、27歳。
現在求職中といえば聞こえはいいが、まあ無職って事だ。
昨年、前の会社を退職したが、
その理由は話せば長くなるし、あまり言いたくない。

今、あたしは鈍い水色のハイネックセーターにジーンズを着て、
病院の皮膚科第6診察室の、
3つあるうちのまん中の診察台の上にいる。
濃い灰茶のレイヤーボブも寝起きのまま、くしゃくしゃだ。
そんなあたしの横には、あたしのフードにファーのついた、
黒のごついミリタリージャケットを抱えた母が立っている。
そこへ問題の男が首から大きなデジカメをぶら下げて、
のそりと現れたのだった。

この状況に至るまでの経緯を少し話そうか。
あたしの場合、ストレスを受けると、
まずテンションが上がって、
それから急激に落ち込むというパターンがあるようだ。
今までにも何度かそのパターンを繰り返して来たけれど、
あたしが覚えている中で最もひどかったのが、
前の会社にいた時だった。
気が付いたら、ホームのふちに立っていた。
さすがにこれはまずいと思い、
その翌日、初めて精神科の門をくぐった。

2度目のきっかけはよく覚えていない。
自覚できないほどのきっかけだったのだろう。
この時も、1度目の時と同じ病院に行ったものの、
医師と対立してしまい、親からもその事で責められ、
行き場のなくなった気持ちが
まずい事に自分自身に向かってしまった。
それがリストカットだった。

そんな折、友人から友人自身が通う
メンタルクリニックを紹介された。
そこで処方された薬が、これまでのものと違って良く効いた。

これまでのものは、抗鬱剤と頓服の安定剤だけだったが、
抗鬱剤を気分を持ち上げるタイプのものから、
肩の力が抜けるタイプのものにし、
新たに気分安定剤というものを加えた処方だった。

精神科で処方される薬によくある、
飲み始めの副作用が多少あったものの、
上下に激しく揺れていた気持ちが平らになって、
初めて心の平和を感じた。

しかし、それもほんのつかの間の事だった。
2週目の金曜の夕方、風呂上がりにふと手のひらを見た時、
手のひらに赤い斑点のような発疹が出来ているのを発見した。
...こんなの見た事ない。
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