第15話 引っ越し

寺内先生はまた中で針をぐりぐりと動かした。
痛い。
しかし今度は少しぐりぐりしたところで手を止め、
針を点滴の管につないだ。

「よかったあ、なんとか入ったよ」
彼もあたしも大仕事をやり遂げたような表情をした。
きっとあたしほど、
点滴針挿入に苦労した患者はいないだろう。
あたしも、寺内先生ほど点滴針挿入に失敗し、
かつ中でぐりぐりした医師はいないと思う。

これであたしの中の寺内先生のイメージは、
「アキバ系かつ点滴針挿入失敗&中でぐりぐり」
となった。

あとは看護師が針周辺をテープで固定し、
点滴の落ちる速度を調節してくれた。

それから、寺内先生が
さきほど落とした針セットを探したが、
2本ある針のうち、1本は見つかったものの
もう1本は見つからず、
「まあいっか、そのうち出て来るだろう」
と、あっさり諦め、
「じゃあ、今度は点滴ずれないようにしてね」
そう言うと、彼は来た時と同じく
内股でぺたぺたと部屋を出て行った。

しかし、白いプラスチックのかごに入った
点滴セットがベッドテーブルの上に置きっぱなしだ。
「だめじゃん!」
あたしはあわててそれを持って
ナースステーションに向かった。

点滴が再開されて、
すっかり日課となった朝のメールチェックと
売店でのプリン購入を済ませると、
また何もする事がなくなり、
ただ横になっている時、
ふと朝プリンのついでに売店で買った
チョコレートの事を思い出した。

プリンがいけるなら甘い物も...と、
小さく粒になっている物を選んだ。
あたしはテレビ台の引き出しを開け、
チョコレートを出すとそれをひと粒口に含んだ。
「くわっ!!」
予想に反してチョコレートはお口の中に大打撃だ。
あたしは即座にチョコレートを
もとの引き出しにしまった。

しかし、昼食には魚の繊維以外完食でき、
さらに食べられるようになっていた。
おまけに、朝の食後の
まずい粉霧薬を忘れていることに気が付いた。
それほど口の中が回復してきたという事か。

そのあと、ふとテレビ台の方の床を見た時、
右隣のベッドの下に、昨日なくした
ケース入り点滴針が転がっているのを見つけた。
ナースコールで看護師を呼んで回収させようとしたら、
彼女は点滴針がそんなところに
転がっている事に大変驚いていた。

午後、面会時間が始まってから
しばらくした頃、母がやって来た。
母に会うなりあたしは、
「今日、これから部屋を引っ越しだって」
と、報告した。

「えっ、引っ越し?」
「なんか女性部屋が空くからそこに移るって、
昨日看護師が言ってたよ」
「で、どこの部屋になるん?」
「さあ...」

そんな事を話していたら、看護師が来て、
「関屋さん、昨日話したお部屋の引っ越しが
そろそろなので、準備をお願いします」
と、言った。

大体の準備は昨日のうちに済ませてある。
あとは今、テーブルの上やテレビ台についている
テーブルの上に出ている細かい物を
引き出しの中にしまうだけだ。

母は、持って来た着替えを
衣装ケースの中にしまわずに、
そのままベッドの上に乗せた。

それからすぐに看護師がまたやって来た。
引っ越しとあって、2人に増えていた。
「それじゃ関屋さん行きましょう」
看護師のひとりがベッドの車輪のロックを解除して、
あたしごとベッドを移動し始めた。

母がベッドのもう一方の端を持って押し、
もうひとりの看護師がベッドテーブルを運んだ。
テレビ台と衣装ケースはあとで運ぶ予定らしい。

移動先の部屋はトイレの前で、
あたしが入るところは入り口入ってすぐの右端だった。
つまり、トイレの近いあたしが
トイレのど真ん前に寝る事になったというわけだ。
ふおお...!
<<>> トップ
Copyright (c) 2006 Momo Sightow. All rights reserved.