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第11話 妄想の輪
鬱モードスイッチが入って、
リゾートホテルがまた座敷牢に戻ってしまった。
圧倒的な虚しさと孤独感が、
どこからともなく、ほとばしるように湧いて来る。
それが自らの存在の否定、
死への願望へとつながり、
妄想の輪が形成されていく。
この妄想の輪がいったん形成されてしまうと、
もう当分止まらない。
ぐるぐるぐるぐると頭のなかで回り続ける。
そこで抗鬱剤や安定剤の出番なわけだが、
現在あたしは入院中だ。
今の症状からして、抗鬱剤や安定剤の投与を
あの寺内先生が許すはずがない。
そうしているうち夜中になり、
看護師が見回りにやってきて、
「どうしたの?」
と、聞かれてしまった。
うつうつと泣いていてうまく話せないのと、
夜中ということもあり、ホワイトボードに、
「死にたいです」
と、書いた。
すると看護師は、
「ちょっと待ってね」
と、言ってその場を去り、しばらくしてから
宿直の男性医師を連れて戻って来た。
暗がりの事だったので、なんて先生で、
どこの科の先生かもわからなかった。
そしてこの男性医師と看護師と3人で、
何があったのか、なぜ死にたいのか、などを話したが、
なにしろもともとが根拠のない事なので、
うまく説明できず、またすっきりもしなかった。
男性医師はとりあえずあたしに睡眠薬を処方してくれ、
それを飲んで横になっていると、
記憶がぷっつりと途切れた。
それが入院2日目だった。
入院3日目。
この日は朝一番で採尿した。
トイレで手を洗っている時、鏡に目をやると、
顔の皮がむけはじめていることに気がついた。
口の中はあいかわらずすごい痛みと膿だが、
顔の皮がむけてきたことはうれしかった。
朝の血圧測定の時に採血があり、
ここでも看護師が針挿入に失敗し、
3度目でやっと採血できた。
相当血管が細いらしい。
朝食後はいつもの回診で、寺内先生が、
「関屋さんおはよう」
と、もそりと言いながらがらりとカーテンを開けた。
皮膚科処置室で処置中にも、あたしは顔の皮の事を話した。
寺内先生がもそもそと言うところによると、
病気は上から下への順で良くなっていくらしい。
処置が終わると、がらがらと点滴のポチ付きで、
1階に降りてメールチェック。
外はちょっと風が強いけれどよく晴れていた。
友達からメールが来ていたので、それに返信。
その後は売店で昨日と同じくプリンを買った。
部屋に戻って買って来たプリンを食べると、
わずかながら眠気が訪れてきて、
昼食までの間、目が覚めているでも眠っているでもなく、
どっちつかずのあいまいな状態で横になっていた。
昼食も3分かゆだった。
あたしはこれに売店で買ったゆかりを混ぜて食べた。
ゆかりは粒が小さく、食べているうちふやけるうえ、
あまりしょっぱくならない程度に入れればいける。
朝食の時同様、
おかゆの汁だけを意地汚いくらいにすくっていたら、
「こんにちはー」
と、晴れやかな声で挨拶して、誰かがカーテンを開けた。
顔をあげて見ると、中年の、やせて髪の毛のうすい、
医師らしき病院職員がファイルと椅子を持って立っていた。
誰なんだろう。
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