第七話 えくぼ


あの日以来、東子とはゲーセンで会ってそのあと時々飲みに行く以外に、
俺の休日にも会うようになった。
大抵彼女の方から誘ってきて、はっきりどこへ行きたい、何をしたいと言う。

買い物ならどこで何をいくらで買う、
遊びなら、どこでどんな風に、何時間ぐらい遊ぶ、といった具合だった。
それが俺としてはとても楽でありがたかった。

会う回数を重ねるうちに、彼女は「東子さん」から「東子ちゃん」を経て、
「東ちゃん」になった。

携帯番号も知った。
誕生日も知った。
四月二日、やっぱり春生まれだった。
俺より四つ年下なのも知った。
でも相変わらず苗字や仕事、住んでいる所などは「ひみつ」だった。

正直、最初彼女にいろいろ貢がされるのではないかと不安に思ったが、
貢がされるどころか彼女におごられる事さえあった。

不思議な関係だ。
どうして俺なんかとつるんでいるのだろう。
俺には彼女が何を考えているのかわからなかった。
彼女、東子にとって俺は一体何なのだろう。


これだけ多くの回数二人で会っているにもかかわらず、
未だ肉体関係がない事からして、
俺は淋しさを埋める道具ではないようだ。

いろいろ貢いでくれる便利な男でもない。

楽しい男友達にしては、俺じゃ役不足だ。
俺はそんなに楽しいキャラじゃない。

さしずめ気の置けない友達ぐらいだろうか。
でも俺は…。


「ねえ、なんでこんなところにえくぼができるん?」

九月の中頃だったと思う。
ある休日の午後、カフェで休憩している時、
東子は笑いながら言った。

俺たちはカフェのオープンテラス席に、二人横に並んで座っていた。
俺は暑いと漏らしたが、東子は外国みたいねと喜んだのだった。

「こことここ」

彼女は狭いテーブルの上に置かれた
俺の左手の小指と薬指の付け根の関節を、
細い指先でちょんちょんと触れた。
俺の胸で虹色の波紋が二つ広がった。

「普通、男の人ってそこ、出っぱってない?
しかも、手の甲に血管全然走ってないし!」

そうか。
女は男のごつごつとした手に魅力を感じるってよくいうもんな。

「走ってるよ、ほら」

俺はちょっとむきになって、
自分の指で血管の走る場所をなぞって見せた。

「でも浮き上がってないじゃん」

東子も同じ場所をそっとなぞった。
そこにぴりっとした電流の線が走り、
甘く溶けながら俺の体の中心を抜けて行った。

「体は太ってないのに、手だけぽちゃぽちゃしてて変なの」

彼女はくすくすと笑った。

「でも指は長いね、爪の形もすごくきれい。
こういうの、やっぱり男の人って感じする」

…もうだめだ。
今までおさえていた気持ちがどんどんあふれ出していく…。

「あ…あのさ、東ちゃん」

何もためらう事はなかった。
あふれる気持ちにまかせて、俺は話を切り出した。

「ん?」
「俺ら、つき合わない?」
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