第五話 謎の女

「ねえ、南さんのメアドって何番?」

居酒屋を出てすぐのところで、東子がふいに聞いた。
空気がむうっと熱かった。
もう春が逝ってしまいそうだ。

「番って…電話番号じゃあるまいし」

俺はスーツの上着のポケットから携帯電話を取り出して開き、
自分のアドレス帳を呼び出して、それを彼女に見せた。

「南さんは『勝彦』か。じゃあ『勝ちゃん』…と」

東子はきれいにピンクのマニキュアを塗った爪の先で、
自分の携帯電話のボタンをぽちぽちと押していた。
そしてひとしきり入力し終えると携帯電話を閉じ、

「じゃ、家帰ったらさっそくメールするね!」

と、言ってにっこりと微笑んだ。

…かわいいじゃん。


東子とは、駅の東口で別れた。
だんだん小さくなって、
人ごみに溶けていく彼女の後ろ姿がとても頼りなく、
あぶなっかしげだった。

帰りの電車の中、俺はずっと東子の事を考えていた。
どうしてだろう。
俺の頭の中に彼女の姿が焼き付いて離れない。


勝ちゃんへ
今日はとっても楽しかった!
ありがとう♪
あ、そうだ。
あたしのこと、「東子」でいいよ。
それじゃ絶対また会おうね!


東子からの初メールは、俺がアパートに入るちょっと前に来た。
自分の部屋に入って、とりあえずベッドに座った。
そして、彼女のメアドをアドレス帳に登録する事にした。

「はるこ」で「東子」と変換できなかったので、
「とうこ」と入力して「東子」と変換した。

独身で、今のところ彼女のいない俺としては、
東子のメアドと名前がアドレス帳に加わるのが嬉しかった。

しかし改めて見てみると、
「東子」という名前と、メアドしか入力されていない。

苗字は何ていうのだろう。
携帯番号は何番だろう。
どこに住んでいるのだろう。
何をしている人なんだろう。
「はるこ」だから春生まれなのだろうか。

彼女の事が知りたくてたまらなくなった。
そして思い出してしまった。

桜の頃。
東子と初めて出会った日の事を。

あの時、彼女は確か
別れた男との思い出の品を売りに来ていたという事を。
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