第十三話 虚しい恋


もっと早く、このブログの存在を知っていればよかった。
そしたら俺は即刻書類を書いて、東子の前に突き付けて、
彼女に無理矢理でもサインと捺印をさせて、役所に出したのに。

若月さんは何をぐずぐずしていたのだろう。
若月さんの親が反対したのだろうか。
堅い職業の人だもんな。
家も堅い家なのかも知れない。
それともあの人の事だから慎重になり過ぎたのだろうか。

東子のブログはまだ続いていた。



八月十日
祝「ハルコちゃん」卒業!
勝ちゃんがあたしの事、「ハルちゃん」って呼んでくれた。
やったー!
親密度アップって感じ?



七月十五日
ちょっとブルー。
勝ちゃんはあたしの事、どう思ってるのかなあ…?
あたしに期待する資格がないのはわかってる。
でも勝ちゃんは時々期待させるような言動をとる。
苦しいなあ。



六月十日
勝ちゃんと初めて昼間会った。
勝ちゃんの私服、初めて見た。
かっこいい…!
デパートで「THE ぎょうざ M@STER」の販売イベント。
次はゆっくり会いたいなあ。



五月三十日
あの人に勇気を出して飲みに誘ったらOKしてくれた!
夢みたい。
帰りにメアド、教えてもらっちゃった。

あの人は勝ちゃん。

そして、勝ちゃんから初メール!
うれしすぎ。
もちろん激しく保存だよ。



五月三日
あたし、あの人の事どんどん好きになっていく…。
止められない。

でも、あの人は普通の人で。
あたしは精神障害者。

越えられない壁がある。

壁なんてないっていう人もいるだろうけれど、壁は確実に存在する。
あの人があたしの病気を知ったら、きっと引いてしまう。
例えあの人がふりむいてくれたとしても、将来は限りなく無いに等しい。

今まで何人もの人がこの問題に直面しているのを、
ネットの掲示板などで何度も見て来た。
しかしまさか、自分がこの問題に直面するとは思ってもいなかった。

精神障害者になって。
何も知らない健常者を好きになって。

虚しい恋。
せつない。



虚しいなんて。

東子が俺の事でこんなに悩んでいたなんて。
どうして話してくれなかったのだろう。
どうして可能性の扉を自ら閉じてしまったのだろう。
そりゃあ俺では若月さんほど真面目に東子の病気と向き合えないかも知れない。
話して、楽になって、何とかなったかも知れないじゃないか。

お互いが疲れきって、傷つけ合って、別れるようなことがあっても、
その度にやり直せばいいじゃないか。
俺だったらそうする。
岩にかかる川の流れが割れても末には合流し、一緒になるように。

…こんな事を思ってもどうなる訳でもないか。
今さら後悔しても、問いかけても、彼女は帰って来ない。
何もかもが遅過ぎた。

そして東子が書いた、俺に関しての最初の記事。



四月十八日
最近、気になる人ができた。
よくゲーセンで見かけるあの人。
さよなら、マコト。

また春が来た。



…東子らしいや。
そういう、はっきりした言い方。
どこへ行きたい、何をしたいと言う時と同じだ。
俺はふっと笑った。

そして、涙が落ちた。
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