第十一話 恋も


「はい、でもどうして俺の事…」

「マコト」がどうして俺の名前を知っているのだろう。

「あの後東から聞きました」

「東」…。
この呼び方に東子と彼との歴史の深さを感じる。

「俺、こういう者です」

「マコト」は、スーツの胸ポケットから財布を出し、
そこから名刺を一枚抜いて俺に渡した。
「若月 真」。
それが「マコト」の本名だった。
区役所職員。
俺も自分の名刺を彼に渡した。

「ありがとうございます。…あの、南さん」
「はい?」
「少しお時間ありますか?話したい事があるんです」


俺と「マコト」…若月さんは、
彼の車で斎場の近くのファミレスに入って、向かい合った。

お互いホットコーヒーだった。
若月さんはブラック。
俺は砂糖もミルクも多めだった。
そして、俺はたばこを吸うが、若月さんは吸わなかった。

「南さん、東がどうして死んだのか知っていますか?」

若月さんはいきなり本題に入った。

「はい…新聞で読みました」
「自殺といえば自殺ですが、正しくは病気に殺されたんです」

病気?

「あの子、躁鬱病だったんです」
「躁鬱病…」

言われてみれば納得できる部分が多い。
派手な身なり。
質屋でのあの出会い。
「THE ぎょうざ M@STER」への熱中度。
享楽的で刹那的な生き方…。


「東は躁がひどくて、一昨年の秋から入院していました」

だから入院の事は「ひみつ」だったのか。
心の病での入院は刑務所に入るのと同じ位の偏見があるというもんな。

「あの、失礼ですが若月さんと東ちゃんとは…?
彼女から別れたって店で聞いたんですが」

「近所に住む幼なじみなんです、中学の頃からつき合っていました。
大学生の頃にはもう、いつか一緒になろうねと言い、
安物ですが指輪を贈りました。
ほら、東が南さんのところに持って行ったあれです」

あの指輪がそんな物だったとは…!

「今の仕事に就いたのも、
東と一緒になって安定した暮らしを送りたかったからなんです。
バッグはその初めての給料で買った物です。」

東子はそのバッグも指輪も、長い事大事に使い込んでいた。
ディープな女はゲームだけでなく恋も深かった。
しかし、こんな深い恋だったのになぜ別れたのだろう。


「東が就職して一年半経った頃、東は発病しました。
それでも俺は彼女の事を守り、支えて行こうと決心して、
実際それを実行しました」

まあ、確かに若月さんはそんな感じの男だ。

「でも愛があればなんとかなるってもんじゃないんです。
東の病気は容赦なく俺にも襲って来ました」

時間を問わず、頻繁にかかって来る電話。
同様に訪問も。
大量の長文メール。
一方的な多弁。
尊大な態度。
自殺未遂。

若月さんは彼女の症状を具体的に挙げた。
俺には彼がそれにいちいち根気強くつき合っているのが想像できた。

「…俺は負けてしまったんです。
東の病気に負けて、その手を離してしまったんです…」

嫌いになって別れたのではなかったのか。
東子の病気と真正面からぶつかって、
そのひとつひとつを真面目に受け止めて。
そしてついに受け止めきれなくなって。
それで手を離してしまったのか…。

「南さん」
「はい?」

若月さんはスーツのポケットからメモとペンを出し、
何か走り書きして、それを俺に渡した。

「東のブログ、見てやって下さい。南さんの事でいっぱいです」
トップ
<<前次>>