第九話 「東子」で「はるこ」


この男が問題の「マコト」…!

彼はやや小柄で太り気味、短い髪に丸い鼻先をもつ顔をしており、
紺色のスーツをきっちりと着ていた。

俺はてっきりホスト系の女の出入りが激しい男だと思っていたが、
それとは正反対におっさん臭い男だった。

俺もかっこいいとは言えないが、
少なくともこの男より背が高く、顔もいいと言える自信がある。
こんな男を東子は忘れられないのか。

「東…」

「マコト」も東子に気が付いた。
そして彼は、

「退院してたのか…」

と、嬉しそうに言った。
すると、なぜか東子はぎくりとした。

「あ…あたしたち急いでるから、じゃ!」

彼女は急に俺の腕をつかんで早足で歩き出した。
まるでその場から逃げるようだった。

「退院て東ちゃん、病気かケガでもしてたの?」

東子が歩くスピードを緩めた時、俺は聞いた。

「ひみつ」

東子はふふっと笑った。
また「ひみつ」かよ。

「じゃあ、なんでその場から逃げたの?
彼とは終わってたんじゃないの?」

「ちょっとひどい別れ方をしたから…」

東子は遠い目をした。


「ひどい別れ方」とは一体どんな別れ方だろう。
「マコト」が浮気するような男には見えない。
「マコト」の愛が重過ぎて、束縛が激しかったのだろうか。
どちらかの親に交際を反対されたからだろうか。
俺は二人の別れ方がとても気になった。


「マコト」の出現以来、俺と東子の間に気まずい空気が流れ始めた。
肉体関係こそないが、並のカップル以上にラブラブだったのに、
今では何をしてもぎこちないばかりだ。
やっぱり「マコト」なのか…。

会う回数も連絡も減った。

三月のある日、俺たちがホームにしていたゲーセンから
「THE ぎょうざ M@STER」が撤去されたの境に、
とうとう彼女からの連絡は途絶えた。


春が来て、また桜が咲き始めた。
東子と出会ったのもちょうどこの桜の時期だった。
彼女の誕生日も近い。
何かをプレゼントしたいな。
何がいいかな。
一緒に選びに行こうか。
いつも大体東子の方から誘ってくれるから、たまには俺が誘って。


そんな朝、駅の売店で買った新聞の中で意外な文字を見た。
「東子」。
「はるこ」というよみがながついていた。

都内に住む、黒田 東子という二十七歳の女性が
マンションの屋上から飛び降りて死んだという内容の記事だった。


「東子」という字で「はるこ」は珍しいし、
年齢も東子と同じ二十七歳だ。
俺の背筋を冷たいものが走った。
「黒田 東子」は、ひょっとして東子の事ではないだろうか。

俺は電車を降りてすぐ、東子の携帯電話にかけてみた。
頼むから出てくれ。

「もしもし」

女の声がした。
東子…?
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