第9話 おっさん

俺はちひろのきつい一撃に負けまいと、
笑顔を保ってなおも彼女に話しかけた。

「俺は1年浪人したけど、近藤さんは現役?」

すると彼女はふっと鼻で笑って、

「...おっさんだな」

と、言い放った。

おっさん!!
まだ19なのに、おっさん!!

ショックから立ち直れないまま授業が始まってしまい、
反撃の機会は失われてしまった。
授業のあとも、ちひろはさっさと教室を出て行き、
とうとう彼女と話す事はできなかった。

「あの女、19でおっさん呼ばわりだよ!?なんて女だ!!」

その日、俺はちひろとの出会いを
夕食の支度をしながらケイちゃんに話した。

「いやあ、18のコにしちゃ19の俺らは確かにおっさんだよ」

ケイちゃんはキャベツを千切りにしながらあははと笑った。

「おまけに初対面の挨拶の返事は、
“あんたに見せるノートはないから”だと!!」

俺は油の中できつね色になったコロッケを、
ざっざっとキッチンペーパーを敷いたバットに上げていった。

ケイちゃんはパン屋の息子で調理パンを作ることもあるし、
俺の家は共稼ぎで俺がよく料理をしていたし、
ユウジも自分で料理をするので、
男3人の共同生活でありながら、炊事に困る事はなかった。

「で、その女ってどんな女なん?」
「どんなって...」
「かわいいの?」
「...まあ、かわいい方かなあ...」
「将やんの好み?」
「全然」

俺は口を尖らせ、強めに言った。

「...好みなんだ」

ケイちゃんはくすっと笑った。
なんでわかるんだ。

「ただいまー」

玄関でユウジの声がした。
今日は早番だったようだ。

「なあなあ、聞けよユウジ。将やんがさ...」

台所に顔を出したユウジにケイちゃんが俺の事を話し始めた。

その夜からずっと、次回ちひろに会ったら
何て言い返してやろうかを考えていた。

しかしケイちゃんの言う通り、
俺がちひろに対し1つ年上で「おっさん」なのは事実だし、
近付こうとした俺をノート目当てだと警戒するのももっともだ。
でも言われっぱなしは悔しい。
それにしても。

...俺ってそんなにおっさんかなあ...。
俺は机の引き出しから鏡を取り出し、
自分の顔をじっと見つめた。
顔はケイちゃんほどかっこ良くはないけど、
そんなにまずくはないと思うんだが...。

髪を立てているからおっさんなんだろうか。
今度、髪をおろして学校に行ってみようかなあ。
そしたらそれはそれで、
ちひろの事だからまた何か言うに違いない。

ずっとそんな事ばかり考えていて、
挙げ句の果てにはファッション雑誌を何冊も引っ張り出して、
「おっさん対策」を講じていたらすっかり寝るのが遅くなり、
翌日朝いちの授業に遅刻してしまった。
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