第8話 近藤 千寛

共同生活が始まったといっても、
俺たち3人は幼い頃からの付き合いだけに、
お互いの家を泊まりっこする事も何度となくあり、
今回の共同生活はその延長といった感覚だった。

まあ、同棲から始まった新婚生活のようなもんだ。
今さら料理の味付けや生活習慣の違いでケンカになることもない。
家事の分担も自然に決まっていった。

そうしているうち4月に入り、俺の大学が始まった。
大学になってまでクラスというものがある事に驚いた。
俺はC組35番らしい。

英米文学科とあって、女ばっかりのようだ。
男は5人くらいのようだ。
必修の授業は狭い教室だと女の匂いで充満しており、
むせるくらいだった。

...彼女の事を思い出してしまった。
彼女はあれから無事に医学部に入ったのだろうな。
成績がよかったから、きっと国公立のいいところ、
私立ならトップレベルのところに入ったのだろうな。
そんな事を考えてしまった。
あれからもう1年以上にもなるというのに、
俺はまだ彼女の事をひきずっている...。

1年次での必修科目に英語講読というものがある。
これはクラス別に別れて行なわれる。
その授業に初めて行った時、
教室にはすでに教授が来ていて、
黒板に貼り出した席順に従って座るように指示された。

俺の席は出入り口側の列の前から2番目、通路側だった。
隣には「近藤 千寛」というやつが来るようだ。
この字面からすると、「近藤 千寛」は男のようだ。
助かった。

ほっとして席に着き、
新しい教科書をぱらぱらとめくっていると、
髪の長い女が近付いて来て、
「近藤 千寛」の座る席に座った。
俺はぎょっとした。
...こいつが「近藤 千寛」!

「近藤 千寛」...これからは「ちひろ」としよう。
彼女は前髪のない、腰くらいまでありそうな長い、
濃い茶色のゆるく波打った髪をしていた。
肌はどちらかというと白い方で、背は高い方だろうか。
やせてはいない、むしろこれから太りそうな体つきだ。

服は無難に春物の短いトレンチコートに、
灰色のひざ丈スカート、桜色のカットソー、
それにかかとの低い紺色の靴をはいていた。

そうだな、顔も濃いめだし、
ボッティチェリのヴィーナスを日本人にしたような感じだ。
俺はついている。
彼女とは違ったタイプだが、ちひろも俺の好みだ。
せいぜい大学生活の楽しみにちひろと近付きになる事としよう。

「近藤さん」

最初に話しかけたのは俺の方だった。
ちひろは何も言わず俺の方を向いた。

「俺、本山 将弘。よろしくな」

俺はせいいっぱい笑顔を作って彼女に挨拶した。
すると彼女は、

「あんたに見せるノートはないから」

と、言ってぷいと元の方向を向いた。
...なんて女だ。
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