第6話 黒い血

母がやっている内科医院は、
もともと母の父...俺の祖父のものだった。
その祖父の父も、そのずっと先も医師であったと聞く。
つまり、母方は医師の家系という事だ。

過去に何人俺みたいなやつがいて、
苦しんだかと思うとたまらなかった。
俺にとって医師の血は黒い血だった。
もう俺で終わりにしたい。
そういう意味も込めて、
2度目の受験は文系のところも受けてみる事にした。

理数は苦手だが文系の教科...
ことに英語、社会科系は得意だった。
案の定今回も医学部は全滅だったが、
文系は受かっていた。

俺の理数系のだめっぷりをアピールし、
なんとか母を説得する事に成功した。
そうして進学する事になったのが、
都内にある私大の英米文学科である。

この大学には高校で同じクラスだったマナブが法学部にいる。
マナブは俺が同じ大学にいる事にきっと驚くだろう。

その大学は最寄りの駅から遠かったが、
俺の好きな店が大学周辺に多くあり、
ユウジの勤務先、ケイちゃんの学校とも近かった。

父方の祖母の家もその近くにある。
その地域が高級住宅街になる前からある、
本当の地元民の、古い家だった。

今の青いかわら屋根や外壁は、
俺が生まれるちょっと前に
リフォームされたものだが中は古いままだ。

合格して間もない日曜日、
買い物に出かけた先で
携帯に祖母から話があると電話があり、
帰りにそこへ寄ってみる事にした。

家には祖母と伯父がいて、
まずは俺の大学合格を祝ってくれた。
俺はこの家の人達が好きだ。
祖母も伯父もおっとりとして明るい。

俺が手みやげに買って来たケーキの箱を祖母に渡すと、

「お夕飯を食べていらっしゃいな」

と言うので、俺は嬉しく好意に甘える事にした。
祖母は、じゃあこのケーキはデザートにしましょうと言って、
いそいそと冷蔵庫にそれをしまいこんだ。

夕飯の献立は何ていう事もない、
ご飯に豆腐とわかめのみそ汁、
筍の煮ものと鯛のあらの煮付けだった。
祖母の味付けは全般的にちょっと甘いのが特徴だった。

食事の最中、伯父の仕事の話が出た。
伯父も親父と同様に普通の会社員で、
あと数年で定年というところだった。

「...え、伯父さんが転勤?」
「昨日決まったばかりなんだけどね、
定年まで残りわずかって時に転勤ですよ、転勤。しかもパリ」

伯父は大きく肥った体を揺らしながら、あははと笑った。

「せっかくだから、あたしも一緒について行っちゃおうかと」

祖母まで声を立てて笑った。
伯父はかつて結婚していたが、
俺が小学生の時に奥さんを病気で亡くしている。
二人の間に子供もなく、
また亡き人が伯父にとって恋女房であったため、
再婚など考えられるはずもなく、
そのままずっと一人でいる。

祖母は笑うのをやめて話を続けた。

「それでね、この家空いちゃうでしょ?
数年で帰って来るから貸し家にするのも面倒だし、
空き家にしとくのもなんだから、
将弘、あなたがここで留守番してくれると助かるんだけど」
<<>> トップ
Copyright (c) 2006 Momo Sightow. All rights reserved.