第5話 見殺し

「本山くん...どうして...」

彼女は目を点にして言った。

「...どうしてって...俺ん家近くだし...」

俺は気まずく口の中でもそもそと答えた。
内心ではこんな所で彼女と再会できたのが嬉しかった。

しかし、彼女がここにいるという事は
ケイちゃんの復讐が今も続いていて、
しかもうまくいっているという事に他ならない。

つまり、彼女は今ケイちゃんに夢中だという事だ。
バレンタインデーに見たあの男はどうした。

俺は女の気持ちの頼りなさを、
これでもかというほど知らされてしまった。
気まずいのは彼女も同じと見え、
二人の間に沈黙が流れた。

「...あのさ、本山くん」

口を開いたのは彼女だった。
しかし、何か迷っているのかまた黙り、
それから意を決したようにまた口を開いた。

「佐藤くんの事、何か聞いてない?」

ケイちゃんの苗字は佐藤という。
彼女がこんな事を俺に聞くくらいだから、
今はさしずめ連絡を断たれて困ってるってところか。

...俺は彼女の知りたい事を全て知っている。
だが、他の男を想う彼女への嫉妬、
俺が受けた仕打ちが俺の心に黒いものを生んだ。

「何も」

俺はそれだけ言うと、
彼女の横をすれ違うように通り抜けた。
あの時、殴っただけでは飽き足らず、
今、彼女を見殺しにしてしまった。
...最低だ。

それから彼女がどうなったのか詳しくは知らない。
あの晩の後、
しばらくは彼女から頻繁にメールが来ていたが、
それもだんだん少なくなりつつある事を
ケイちゃん本人から聞いている。

彼女がだいぶ苦しんだだろう事は俺にも想像できた。
俺としては、彼女がこれ以上
俺みたいな男を増やさない事を祈るばかりだ。
ケイちゃんももう気が済んだと見え、
彼女の事を口にする事はなくなった。

俺は受験勉強の毎日へと戻って行った。
その間にもユウジが時折コンパを催してくれ、
女と遊んだりもしたが、
心が癒える事も満たされる事もなかった。

ケイちゃんはコンパに来る事はなかった。
彼は女をそんなに好きではなかった。
彼はあの顔なので早くから女を知っており、
また姉が二人もいて、
女の汚い面をこれでもかというほど
見せつけられたからだろう。
そして今回、彼女の事でそれに拍車をかけた。
これからも彼がコンパに来る事はないだろう。

もともと理数系に弱い俺は、
3年になってからさらに落ちこぼれていき、
あげくの果てにとうとう医学部受験に失敗してしまった。

高校卒業の春、
ユウジは行きつけのショップに就職を決めており、
ケイちゃんは製菓専門学校への進学を決めていた。

ユウジは昔から服が好きだったので、
彼らしい自然な進路選択だった。

ケイちゃんは夏休みなど、
学校が休みの時はパン屋の仕事を手伝っていて、
その最中製菓に興味を持ったので、
そちらに進む事にしたのだとか。

何も考えていないのは俺だけだった。
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