第41話 いつか


「ゴロワーズ?」

朝日がのぼりはじめてきた車内でちひろは聞き返した。

「フランスのたばこだよ。
かわいいパッケージだけど、
ものすごく癖が強いんだ」

癖は強いけれど、
好きな人はその癖も含めて好きで、
それでなければだめだという事は言わずにおいた。

「嫌な例えだね」
「嫌な例えで結構」

俺はちひろのその癖も含めて好きなんだから。
いつか小倉の事を忘れた頃、
その意味に気付いてくれればそれでいい。



3月も半ばに入ろうとした頃だった。
よく晴れた日に夕方、
家にひとり部屋で本を読んでいると
玄関でチャイムが鳴った。

重い木製の窓をがらがらと開けて、
門の方を見るとちひろが立っていた。
何をしに来たのだろう。
ちひろの表情は固かった。

「ちひろか!?開いてるから勝手に入って来い!」
「じゃあ、おじゃまする」

ちひろはそう言うと門をくぐり、
玄関の引き戸をがらりと開け、
みしみしという足音をさせて廊下を歩いた。

そしてぎしぎしとんとんと急な階段をのぼり、
またみしみしと廊下を歩いて、
部屋へと近付いてきた。
そして勝手に俺の部屋に入って来た。

俺はベッドのふちに浅くこしかけて、
彼女来るのを待ち構えていた。



「よう」

俺が改めて挨拶すると、
ちひろは鼻でふんと笑って、
バッグの中からいつも俺が吸っている
ゴロワーズのパックを取り出し、
それを俺の胸へと投げ付けた。

鋭い女だ、
もう俺の小さな告白の意味をつかんだか。

「将弘あんた、あたしの事好きだね?」

まいった。
こんなに自信たっぷりに言われちゃごまかしようもない。

「うん」

俺は片手でゴロワーズのパックを受け取った。

何を思ったのか、
ちひろはつかつかと俺の正面に歩み寄り、
力まかせに俺の肩をつかむと腰をかがめ、
顔を少し横に倒して目を閉じ、
俺の唇を奪った。

彼女の唇はやわらかく、
ふっくらとした厚みがあった。

ちひろはそのまま彼の首筋にしがみつき、
彼の足を割ってベッドに片ひざをついた。

大胆な女だ。
こんな事されて、俺も黙っちゃいられない。
今日の俺は「安全なおっさん」じゃねえぞ。

キスのあと、俺はちひろの腰を抱いて
ゆっくりとベッドに誘った。
俺たちはお互い寝たまま向き合って、
もう一度長いキスをした。



「今日、崇に好きだよとさよならを言ったよ...
メールでだけど」
「そうか...」

俺は片手でちひろの髪を撫でた。
ずっと、ずっとこうしてみたかった。

彼女の髪は俺の硬い髪と違って、
1本1本が丸く、つるつるとした手触りだった。

「俺さ...前の彼女の事引きずっている時、
彼女を忘れたくて、
癖の強いたばこに切り替えたんだ。
実はちひろと初めて会った時も、
正直まだひきずっていたんだ」

大きな告白。
ちひろが小倉とケリをつけて、
俺のところに来てくれたから。

「ふうん...。じゃあいつからなの?」

「英語講読の授業で席順表を見た時、
どんな男が座るかと思っていたら、
すごいかわいい俺好みの女のコがやってきて、
ラッキーと思って話しかけたら、
失礼な事ばんばん言うような癖の強い女で圧倒されたよ」

「むっ」

ちひろは鼻にしわを寄せた。
今はその癖がとてもいとおしい。

「鼻にしわを寄せるのはやめろ。
そういうのが癖が強いっていうんだろうが。
それで気が付いたら、
あれほど悩んでひきずっていた彼女の事なんか、
どっかにふっ飛んでしまってた。
お前の事がすごく気になって、
お前の事知りたくて、
気が付いたらすごく好きになってた...」
俺はちひろの頬に手を添えて短いキスをした。

ちひろは自分の太ももを俺の太ももに絡ませてきた。
興奮が熱をもって、体の中心に集まって来る...。

「俺はお前に無駄な時間を過ごさせない」

俺は自分の気持ちに正直に動く事にした。
<<>> トップ
Copyright (c) 2006 Momo Sightow. All rights reserved.