第40話 小さな告白


「ん、起きたか」

俺は顔を上げてキッチンへと向かった。
黒いフリースに灰色のスウェットといった
まさに寝間着という格好と、
何も手を入れていない髪が少し恥ずかしかった。

「ごめん、こんな時間まで...」

ちひろはめずらしくしおらしい態度で謝った。

「全然。それよかお前ほんとよく寝てたなあ...。
12時頃にいっぺん起こしに行ったんだけどさ、
お前ちゃんとふとんを鼻までかぶって熟睡してやがんの。
他人の家でふとんに入って熟睡だよ、熟睡。
こんな女見た事ねえよ」

俺はげらげらと笑いながら冷蔵庫を開けて、
牛乳のパックを出した。

「コーヒーでいいか?」
「うん、ありがと」
「朝めしはパンか?ごはんか?」
「将弘と同じでいい」
「じゃあごはんだな。ちょっと待ってろ」

俺は牛乳を沸かしている横で目玉焼きを作り始めた。



先にごはんを食べ終えると、
俺は急いで出かける支度をし、
寝ているユウジを起こして車のキーを借りた。
家を出た頃には空が白み始めていた。

車の中でちひろはずっと無言だった。
俺はこの機会に言ってしまう事にした。

「...お前さ、自分を傷つけるのはやめろ。
ゆうべ、起こしに行った時見てしまったんだけど...手首。
もったいないじゃんか、
くだらない男のために血を流すなんて」

だんだんあたりが明るくなってきた。

「...くだらない男?」

ちひろは聞き返した。
気にさわっただろうか。

「だってくだらないだろ、
お前の時間を浪費して、
お前にそんな事させるような男なんてさ」

ちひろは俺の方をじっと見つめていた。
この位置からだと首の傷跡も見えるにちがいない。
ちひろはまた黙り込んでしまった。
見てしまったのだ。
俺は話題を切り替えるべく言った。

「それにしてもまあ...他人の部屋で
エロ本持ってるかと聞くわ、
どうして何もしないのと言い出すわ、
しまいにはベッドに入って朝まで熟睡するわ、
お前ってほんとおかしな女だよな」

「やめてよ、はずかしい!今猛反省中なんだから」

ちひろは真っ赤になって俺の二の腕を叩いた。

「何を今さら!」

俺は笑った。

「むっ」

ちひろは口を尖らせ、鼻にしわを寄せた。
本当に癖の強い女だ。

「...そうだな、お前はたばこに例えると
ゴロワーズだな、しかも両切りの」

ちひろはゴロワーズ。
俺の小さな告白だった。

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