第39話 あいつはゴロワーズ


ちひろの左手首の傷跡は2本あり、上のものが濃く長く、
下のものはそれよりもすこし短く、色も薄かった。

俺はこの2本の傷跡を見て、
どうしたらいいかわからなくなり、
とりあえずちひろを起こさずに、
そのまま部屋を出てしまった。

「ケイちゃん、ふとん借りるわ」

俺はケイちゃんの部屋へ行き、
彼の部屋の押し入れからふとんを出し、
床にそれを敷いて横になった。

「どうした?ちひろちゃん起きないのかよ」

ケイちゃんはベッドの中におり、
サイドテーブルの灯りで本を読んでいた。

「うん...それもあるんだけどさ、
なんか起こしづらかった」

「ふうん...」

「あいつ、最近手首切ったみたい」

「ええ!?」

「あいつさ、好きな男がいてさ、
そいつが良くない男なんだ。
ケイちゃん覚えてるだろ?俺の元彼女。」

「忘れるもんか、あんなひどい女」

「あれと同じ事をその男がちひろにしたんだよ。それで」

「むうう、許せん...。
俺が女だったら仕返しして来てやるのに」

「まあまあまあ」

俺はケイちゃんをなだめた。
ケイちゃんは例の通り、怒ると根にもつタイプだ。

「将やん」
「ん?」
「お前ほんとにちひろちゃんの事好きなんだな...」
「何だよ。あ、ケイちゃん実は俺の事が好きとか?」

部屋のムードは急に明るくなり、
俺はふとんから出て、
ケイちゃんのベッドにもぐり込み、
彼の上に馬乗りになってみた。

「さ、いけない事でもしようか」

俺はケイちゃんの顔に手を添え、自分の顔を近付けた。
ちひろにはちょっと見せられない冗談。

「もーっ、将やんは!そういう冗談やめろよ」

ケイちゃんは声を立てて笑った。



横になってもちひろの傷の事が気になり、
結局3時間ほどしか眠れなかった。

俺は寝るのを諦めて台所へ行き、
コーヒーをいれてそれを飲みながらたばこを吸った。

ゴロワーズは強く吸うとぴりっとした辛味があり、
それがミルクと砂糖の入った甘めのコーヒーとよく合う。
逆にそっと口づけるように吸うと甘みが感じられる。
香りもきつく、癖も強い。
まるでちひろのようなたばこだ。
俺はあの辛さも癖も含めてこのたばこが好きだ。

このたばこにする前はマイルドセブンだったりと
銘柄がちょくちょく変わっていたが、
ゴロワーズにしてからはずっとそればかり吸っている。
それでなければだめだという感じだ。



4時を過ぎた頃、2階で物音がして誰かがおりてきた。
そしてトイレを使い、俺のいる台所へと近付いて来た。
ちひろだった。

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