第38話 ベッド


「......」

俺は振り向いて、じっとちひろの顔を見つめた。
びっくりした。
ちひろの事だから何も考えずに
この部屋にあがってきたのかと思っていたのに。

「何かしないとだめ?」

俺は体をちひろの方に向けて、1歩前に出た。
何かしてもいいのかな?

「いや...そういうわけじゃないんだけど...」

今度は逆にちひろがとまどった。
こういうちひろ、すごくかわいい。

力で押し倒して壊してしまいたいかわいさというより、
大事にしてそっと取っておきたいかわいさだ。

「ちひろ、おいで」

俺はベッドのふちに腰をおろし、
右手でふとんををぽんぽんと叩いた。
ちひろは言われるまま、俺の横に腰をおろした。
ベッドのマットレスが沈むのを尻で感じた。

なんて無防備な女なんだろう。
俺が今そんな気分だったらどうするんだ。

「寝転んでごらん」

俺はそう言いながら、自分も寝転んだ。
ちひろも俺にならってあおむけに寝転んだ。

「ふとん、ふかふかだねー。今日干したの?」

「午前中から日が陰るまでたっぷり干したから、
超ぬくぬく」

「なんか眠くなってきそう...」

ちひろは俺の方に体を横に向けた。
彼女の顔の産毛の1本1本が
くっきり見えるほど近かった。

「...みんなでさ、おいしいもの腹いっぱい食ってさ、
今こうやってあったかいふとんの上にごろんと横になって、
何するわけでもなくまったりしてるの、幸せじゃねえ?」

俺はちひろに問いかけた。

「ほんとだねー...」

ちひろはぼんやりとした声で答えた。

「力で欲望を満たすのは簡単だけど、
俺はこういう、何の下心も打算もない幸せも
大事にしたいと思ってる。
だから今は何もしたくない」

これが先ほどのちひろの質問に対する答えだ。

「眠かったらそのまま寝てろ。
あとで送ってやるから」

俺はそう言うと起き上がり、
ちひろを残して部屋を出た。

ちひろはなかなか起きて来なかった。
ユウジもケイちゃんもそろそろ寝ようとしていた。

12時頃、さすがにそろそろ起こさないとまずいと思い、
自分の部屋にあがった。

すると、他人の部屋だというのに
ちひろは鼻までふとんをかぶって熟睡してた。

すうすうという安らかな規則正しい寝息が聞こえた。
暗がりの中で、
ちひろの肌が青白く浮かび上がっていた。

ちひろが寝返りを打ち、
白い手首がふとんの外に出た。
その手首には黒い線が2すじ描かれていた...。

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