第33話 俺の過去、ちひろの現在

玄関で風呂上がりのユウジが、
黄色のなんだか子供っぽい柄のパジャマ姿をし、
首から白いタオルをさげ、
飲みかけたビンの牛乳を手に持ち、
ちひろのことを見送っていた。

「来週、俺の誕生日やるからちひろも絶対!!来いよなっ」

「うん」

「当日将やんに拉致らせるので、
そのつもりでよろしく!」

ユウジとちひろはそんな約束をして玄関先で別れたが、
ケイちゃんは家の外に出て車が角を曲がるまで見送ってくれた。

しばらく車を走らせたところで、
ちひろがふいにありがとうを言った。

「...将弘」

車が赤信号で止まった時、
ちひろは俺の名前を呼んだ。

「ん?」
「あんたやさしいね...ひょっとしてあたしのこと好き?」

この女はいきなり何て事を言うのだろう。

「そうだなあ...って、アホか!!」

俺はびしっとツッコミを入れてげらげらと笑った。
ふられるとわかっていながら
好きだなんてとても言えなかった。

「はっ、英語講読の席順名簿見た時、
俺の隣にどんな男が座るかと思ってたぜ」

「むっ」

「“近藤 千寛”ってこの字づらは
どう見ても男の名前だろうが、男の!」

信号が青に変わり、俺はちょっと強引めに車を発進させた。

「むう、気にしていることを!」

ちひろは口を尖らせた。

それからしばらく沈黙が続いた。
もうちょっとでちひろの家に着きそうなところで、
俺はふいに言った。

「ちょっと遠回りしようか」

また沈黙が流れた。

「...俺さ、前に彼女いたんだ」

俺は口を開いた。
今ならちひろに俺の過去を話せる。
俺の過去。
現在のちひろ。
同じにはなってほしくない。

「高校生の頃のことだし、だいぶ時間もたったから、
今こうやってちひろに話せるんだけど...」

公園の脇で車を止めて、俺はぽつりぽつりと話し出した。

「彼女はおとなしいコだったよ。
彼女とは塾の夏期講習で出会ったんだけど、
学校も違うし家も離れていたんだ。
だからそんなにちょくちょく会えるわけはなく、
電話やメールが中心だったんだ。

俺のほうが惚れてたから、メールや電話、
デートの誘いはいつも俺から。
最初のうちは彼女も乗り気で楽しいつきあいだった。でも...」

俺は車の窓を半分くらい開け、
黒いコートのポケットからたばこを出して火をつけた。

ゴロワーズの匂いは癖が強く、
好き嫌いが別れるからだ。
俺は続けた。

「俺が重過ぎたのかな、
彼女はしだいに俺から離れて行った。

メール出してもたまにしか返って来ない、
デートに誘って約束を取り付けても
忙しいからと延期の連続だった。

おとなしいコだったから、
はっきりと言えなかったのだろう。

俺も彼女の気持ちを察して、
俺から別れを切り出すべきだったのだろうが、
なにしろ彼女に惚れ抜いていた、
周りなんて何も見えなかった。

彼女の言う事を全て本気にして、
いつ会えるのだろう、
いつメールや電話が来るのだろうと期待した。

彼女からの連絡はいきなり途絶えたよ。
いつものように今度会おうね、
またメールするねと気を持たせる内容のメールが最後だった。

俺はすぐに返信して次の連絡を待ったよ、
最初の1か月は彼女も忙しいのかなと
連絡を絶たれた事にすら気が付かなかった。

次の1か月はどうしたのだろうと彼女を心配した。
3か月目、やっと彼女が意図的に
連絡を絶っていることに気が付いた...」

俺は1本目のたばこを消して、2本目に火をつけた。
首の傷の事はどうしようか。
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