第32話 それはきっと

ケイちゃんのバイト先でしばらく休憩したあと、
俺はちひろを連れて家に帰った。

「え!ハウスシェアリングて3人でこの家を!?」

「そうだけど何か?」

「だってこのへん高級住宅地じゃん。
しかもこんな大きな家よく借りられたな」

「ああ、ここ俺のおばあちゃんと伯父さんの家なんだ。
伯父さんが転勤でおばあちゃん連れて
パリに行っちゃったから、
空いたこの家を留守番がわりに借りてるの。
でなきゃこんなとこ3人で借りられないよ」

俺はカギを開け、玄関の格子戸を引いて家の中に入った。
しかしちひろはなかなか入って来ようとしなかった。
友達とはいえ、
男の家に上がるのをためらっているのだろうか。

「ちひろー!何してんだよ、早くあがって来い!!」

俺は玄関に向かって怒鳴った。
ちひろはおじゃましますと言って、やっと上がって来た。

今夜はパーティだとケイちゃんが言ったため、
薄暗い台所で冷蔵庫の中をひとしきりチェックし、
扉を閉めると俺はちひろに言った。

「さ、ケイちゃんが帰って来るまであと2時間、
俺たちも気合い入れて準備するぞ!」

俺はちひろに次から次へと
休む間もないほど用事を言い付け、
自分もまた忙しく立ち働いた。

リビングの掃除。
近所のスーパーへ買い物。
食器を戸棚の奥から引っ張り出して洗ったり。
庭を掃いて打ち水したり。
花瓶に買って来た花をいけたり。

ちひろとこうやって二人で働いていると、
まるで夫婦のような気がした。

この先、俺が誰と結婚するかわからないけれど、
それはきっとこんな感じになるのだろう。

2時間後にはケイちゃんがバイトから帰って来て、
3人で食事の支度にとりかかった。

鳥だんごの鍋を中心に、刺身、常備野菜の天ぷら、
昨日の残りの丸大根と厚揚げの煮物など。

出来上がるちょっと前に、ユウジが帰って来て、
俺とケイちゃんの二人がちひろに紹介した。
ユウジは仕事仲間を3人連れて来ていた。

そのあとから、ケイちゃんの学校友達も
自作のケーキの試食をしてもらいにやって来た。

それから俺とケイちゃん、ユウジ3人の
共通の友人である商店街仲間のカップルが1組と
レストランのシェフの外国人男性がひとりやって来た。

確かにケイちゃんのいう通り、
「パーティ」になってしまった。
俺は遅くなるだろうから親に連絡しとくようにと、
家の電話をちひろに貸した。

食事の席では来週に迎えるユウジの誕生日の事、
ケイちゃんの友達が持って来たケーキについて、
友人カップルのなれそめなど、
いろいろな話題が途切れなかった。

食事のあとはお茶を飲みながら、
ケイちゃんが夕方仕込んでいた冷たいゆずのゼリーと、
その友達が持ち込んだケーキを食べた。

ユウジの仕事仲間をはじめとする社会人たちが
ぼちぼち帰りはじめると、
おれはちひろを誘って食器を洗いだした。
台所の隣にある風呂場からユウジの明るい鼻歌が聞こえた。

きょうの鼻歌はシャンソンてとこか。
彼の鼻歌には演歌バージョンもある。

あとかたづけがひと段落ついたところで、
俺は車でちひろを送ることにした。

「ユウジー!!車借りるぞ」

俺は台所にいるユウジに声をかけた。

「おう、壊すなよ」

ユウジは冷蔵庫から牛乳のビンを取り出して
栓を開けているところだった。
そして彼は声をひそめて続けた。

「せっかく車貸してやるんだから、決めて来い」
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