第29話 確立

ちひろが俺の事をいきなりいいとか言い出すので
どきっとしてしまった。
暗い車内の空気が急に濃くなったような気がした。

「あんたと一緒にいるとすごくほっこりする。
安心ていうのかな...」

それを聞いて俺はせつなくなった。

「...それはちひろが俺の事好きじゃないからだよ」

「なんで?」

「好きじゃないから、
嫌われる事をこわがる必要がないんだよ。
だから安心するんだよ...」

つまり、俺はちひろの中で
「安全な友達」という立場が確立されているという事だ。
俺はどこまでも「安全な友達」であって、
「男」にはなりえないという事でもある。

ちひろの動きは急だ。
俺の肩に頭を置いて、腕を回してきた。
ちひろはこういう事を自然にやってのけるから参る。

「ね、来年のクリスマスには将弘に彼女出来てるといいね」
「無理だよ」

俺が好きなのはちひろなんだから。
そして俺は「引きずる男」なんだから。

俺とちひろはそういう関係じゃないから、
イヴの夜は早めに切り上げた。
別れ際、ちひろは俺にありがとうを言った。
情けないと思われてもいい、
俺はその言葉だけで満足だった。

家ではケイちゃんが待ち構えていて、
俺の早い帰宅を残念がり、
ちひろと何があったのか聞き出そうと必死だった。

冬休みはそれで終わり、
学校が再び始まって学食でちひろを見た時、
彼女はまた携帯を気にして暗い表情をしていた。
あの様子は小倉に取り付かれているといってもいいだろう。
もう見てられない。

「なあ、お前らの中で心理学とってるやついねえ?」

俺はちひろ達の間に割って入った。

「たしかちひろがとってたと思うよ」

芹沢が口にごはんを入れたまま、もごもごと言った。

「あんたに見せるノートなんかない」

ちひろはぴしゃりと言った。
心理学は口実で、
実のところ俺はその授業を取っていない。

「じゃあ俺、これ借りてくわ」

俺は問答無用でちひろの腕をつかんだ。
今日はちひろがどんなに嫌だと言っても離すもんか。
俺が小倉の事忘れさせてやる。
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