第21話 デート

「ここ、彼氏と来る店でしょ?」
ちひろは真剣な表情で声をひそめた。
...話はそっちへ行きますか。
まったく、本気で俺に
彼氏がいるとでも思っているのだろうか。

「誰が彼氏だ」

俺は慌てて言い返したが、
自分の顔が限界まで熱くなっているのを感じていた。
この店の照明がもっと暗かったらいいのに。

いつもはこの店の、ベージュと焦げ茶を基本とした内装に、
赤みを帯びたやわらかい照明をいいと思っていたのに、
今ばかりはそれが恨めしい。

「あっ、赤くなった。...やっぱ彼氏と来る店なんだ」

ちひろはにやりとした。

「違いますぅ」

よかった。
俺の気持ち、まだばれていないみたいだ。

オードブルからメインディッシュまで、
ひたすらおいしいを連発していたちひろだったが、
デザートを食べ、コーヒーを飲んでいる時に、

「もうちょっと前にこの店知ってたらなあ...!」

と、言った。
その言葉の半分はこの店への賞賛と受け取ろう。
しかし、もう半分は違う。
ちひろは小倉とこういう店に来たかったと言う事だ。
小倉とはもうデートしたって事か。

「残念だったな」

俺はくすっと笑った。

「むっ」

ちひろは鼻にしわを寄せ、口を尖らせた。

「...ていうか、ここは女が男を連れて来る店じゃねえだろ。
うんと年上の女ならともかく、
同い年の女にこんな店連れて来られたら男のメンツが立たねえよ」

「なんで男って...!」

「お前分かりやす過ぎるんだよ。すぐ顔や態度に出る」

「......」

ちひろは真っ赤になった。
小倉のために赤くなるなんて憎らしい。
でも...かわいいな。

「小倉とデートして来たんだろ?」

俺は単刀直入に聞き直した。

「デートっていうか、
試験の打ち上げに映画観てごはん食べただけ」

「ふーん...」

まあ、小倉のあの感じではそれ以上の事はできなさそうだ。
ちひろの言う事はそのまま信用していいだろう。

約束通り俺がカードで金を払い、店を出たところだった。

「ところであれは持って来たんだろうな?」

俺は不意に今日の目的を思い出し、ちひろに問いただした。

「あ」
「まさか...」
「ごめん!」

そういやちひろは小さなバッグしか持っていない。

「お前ほんと今日何しに来たんだよ...。
俺とデートのつもりか?」

「デート!誰がこんなごっついおっさんと!?」

ちひろは目を大きくした。

「目的が果たされなかった以上、
これは単なるデートだろが」

すると、ちひろはあははと声をたてて爆笑した。
俺、笑われたよ...。
どうやら俺は男ですらないらしい。
それじゃむかつくから、
俺はちひろの手をひったくるようにとって歩き出した。

「さーてと、メシも食ったし、
いけないところへでも連れて行っちゃおうかな」

「え...」

意外な事にちひろは本気で困った顔をした。
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