第20話 本命

「...ほんと!?」

俺は思わず聞き返してしまった。

「何がいい?牛丼?マック?ケンタ?ファミレス?」

...はっ。
そんな事だろうと思った。
あのちひろが気の利いた店なんかに俺を連れて行く訳がない。
ちょっとでも期待した俺が馬鹿だった。

「...もういい、お前には期待できん。
俺が店決めて予約入れといてやる。金も俺が出す」

「ほんと?」

今度はちひろが聞き返した。
しまった。
...しょうがねえ。

「店のためにせいぜいきれいなカッコして来る事だな」
「むっ」

電話の向こうでちひろが鼻にしわを寄せ、
思いきり口を尖らせているのが見えるようだ。

「お前今、思いっきり鼻にしわを寄せて口を尖らせただろ?」

「すごい、なんでわかるん?」

「そりゃお前の癖だもん」

「じゃあ将弘は何してるとこなん?
写真に撮ってメールしてみてよ」

俺はふっと笑ってベッドに腰をおろした。

「いいのか?俺のヌード画像が届いちゃうぞ」

「いらない。あ、彼氏とラブラブ中?
邪魔してごめんね、じゃあ!」

ちひろは慌てて電話を切った。
誰が彼氏とラブラブ中だ。

翌日、俺は店に電話を入れ、予約をとった。
ちひろには「ひみつ」と言った店に。

「将弘、何そのカッコは!?」

当日、顔を合わすなりちひろはげらげらと俺を笑った。

俺は黒のパンツに
夏っぽい寒色系のストライプが入ったシャツ、
黒の夏用ジャケット、
同じく黒のかっちりとした革靴といった服装だった。

「変か?」
「なんか健太郎みたい」

そう言うちひろは、薄い生地の白いワンピースを着ており、
小ぶりのバッグも華奢なサンダルも白で、
サンダルには銀色のビーズやスパンコールで出来た
揺れる飾りがついていて、それがきらきらと光っていた。

「行くぞ」

俺はちひろに背中を向けて歩き出した。

その店はけやき並木の大通りを家とは
逆の方向へ渡ってちょっと入ったところにあった。
前に金持ちの屋敷だったのを改造して
作られたレストランで、南仏料理を出す。
暗くなってからは庭の照明がきれいだ。

俺がこの店を知ったのは、
母方の親戚の集まりがきっかけだったと思う。
以来、ランチ中心にだがよく使う店となった。

とても高校生が入れるような店ではないので、
あの彼女をここへ連れて来ることはついになかった。

「ほええ、なんかすごそうだなあ..」

ちひろは店の外観を見て間の抜けた声を出した。

「入れ」

俺は店のドアを引いてちひろを店内に押し込み、
続いて自分も中に入った。
フロントで名前を言うと、
店員がテーブルまで案内してくれ、上座の椅子を引いた。

「座れ」
「何それ?レディファーストのつもり?」

ちひろは笑いながら席についた。

「いや、単純に今日は俺がホストでちひろがゲストなだけ」
「へえ...そんなんあるん?」
「ここはそういう店だ」

ちひろが席に着くのを見届けてから、俺も席についた。

「将弘ってこういうところよく来るん?」

店員が去ったあとちひろは言った。

「いや、連れて来られる方が多い。
ここも最初は親戚の集まりで来たし」

「最初は...ね。その次からは?
なんかここ、めちゃめちゃ本命デート用って感じだし」

...どきっとした。
本命デート用ってのは見事に核心を突いている。
ひょっとして俺の気持ち、ちひろにばれている?
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