第19話 ノート

7月に入り、いよいよ前期試験が近付いて来た。
ちひろと小倉が二人でいつデートしたのか、
それともまだこれからなのかは知らない。
英語講読の授業での事だった。

「将弘、これちょっと見せて」

授業が終わって間もなく、ちひろはそう言いながら、
俺のとったノートを取り上げた。

「...へえ、意外とわかりやすく書いてあるな。
字はきたないけど。ねえ、他のも見せてよ」

「いいけど...」

俺はノートを綴じた透明のリングファイルを
かばんから出してちひろに渡した。
彼女はそれをぱらぱらとめくると、

「じゃ、これ借りてくわ」

ファイルとノートを持って教室を出て行った。

「ちょっ...!おい!」

あとの祭りだった。

ちひろに持って行かれたノートとファイルは
いつまでたっても戻って来ず、
そのままとうとう試験日を迎えてしまい、
そのおかげでさんざんな出来となった。

夏休みに入り、俺はデパートでバイトする事にした。
仕事は主に商品の運搬である。

8月に入って間もなく、
バイトをあがって携帯を見ると1件の着信があった。
ちひろからだった。

デパートを出たところでちひろに電話してみたが出ず、
夜風呂上がりにちひろの方からかかってきた。

ケイちゃんが2階で携帯が鳴っていると言い、
俺は腰にタオルを巻きながら慌てて部屋に上がり、
なんとかぎりぎりで間にあった。

「もしもし将弘?電話してくれた?」

「したけど、何の用だ?」

「あんたに借りてたノート返したいんだけど」

「遅い!お前のおかげで俺の前期試験さんざんだったんだぞ!!
俺が留年したらお前のせいにしてやる」

俺はここぞとばかりに文句を垂れた。

「ごめん!で、いつなら会えるん?」

俺はちょっと強気になって、
バイトが休みの前日の夕方6時半を言ってみた。
すると。

「いいよ」

と、思いがけない答えが帰って来た。
俺の中では、“遅いからやだ”が第一予想で、
その次が“ついでになんかおごって”あたりだと思っていた。
ちひろは続けた。

「せっかくだから、おわびに夕ごはんおごるよ」

ありえない。
これがあのちひろの言う台詞か。
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