第2話 殺したい思い出

俺の家は都内郊外の商店街にある。
親父はごく普通の会社員だが、
医師である母がそこに小さな内科医院をかまえている。

俺は長男だから、物心ついた時から両親、
特に母からの期待をなんとなくではあるが感じ、
自分でもそれに答えようと努めてきた。

しかしながら俺の頭は父に似て極めて文系らしく、
とても医師などには向きそうにもない。
俺には弟がいるが、この弟の方がずっと医師向きだ。

当の弟はというと、
部屋中にアニメ美少女のポスターやグッズを飾り、
暇さえあればゲームやプログラミングに
熱中しているといった具合であるから、
医師どころかアニメ・ゲーム関連へと
進路を取りたいなどと言い出しそうであった。

予備校を出ても家に帰る気にはなれなかった。
近所の公園のベンチで
かばんに隠し持っていたマイルドセブンを吸っていた。

彼女は俺の全てだった。
その彼女を完全に失った今、
全てが絶望に塗りたくられていた。

俺は予備校の近くのスーパーで買った
大型カッターをかばんから取り出し、
封を切って刃を最大限にくり出すと、
それを自分の首筋に当てた。

目が覚めると知らない場所に寝かされていた。
どこかの病院だった。
親父の顔が見えた。

聞くと、
公園で首から血を流して倒れている俺を通行人が発見し、
119番に通報してくれたという事、
俺がいるのは隣町の大学病院だという事、
今の時間は倒れた翌日の夕方である事を話してくれた。

親父は何があったのか、
どうしてそんな事をしたのかなどと深く追及することなく、
面会時間いっぱいまで横についていてくれた。

翌日には母と弟がそれぞれ面会に来て、
いろいろと詮索されうるさかったが、
俺は何も答えなかった。

土曜日、同じ商店街に住む幼なじみの
ケイちゃん、ユウジが見舞いに来た。
ケイちゃんはパン屋の息子で、
ユウジはラーメン屋の息子だった。

彼らとは気の置けない仲であり、
彼女の事も知っていたので、
俺は二人に事情を話した。

事情を知ったユウジはその場で怒り狂い、
彼女を非難したが、
ケイちゃんはじっと黙り込んでいた。

ユウジは感情をすぐに爆発させるかわりに、
腹の中には何も貯めない性質だった。
対するケイちゃんは、
少女まんがにでも出てきそうなきれいな顔立ちをしており、
クールな表情を保っているが、
それだけに心を読ませないところがある。

退院後、嫌々ながらも予備校に行くと、
彼女の姿が消えていた。
辞めて別のところに移ったらしい。

あんな仕打ちを受けてもまだ彼女への想いは消えず、
彼女がいなくなった事を淋しく思った。
彼女の事はもう忘れなければいけない。
俺は自分にそう言い聞かせた。

そのついでに、隠れて吸っているたばこの銘柄を
マイルドセブンからゴロワーズに変えた。
マイルドセブンの思い出を殺す、
癖の強いたばこが欲しかったからだ。

そんなある春休みの近付いた日曜日、
俺は新宿へ買い物に出ていた。
東口の交差点を駅方面へと渡っている時、
見知った顔に出会った。
ケイちゃんである。
そのケイちゃんの横にはなぜか彼女がいた...。
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