第1話 バカな男

彼女とは、予備校の夏期講習で出会った。
彼女の名前は...口にするのも、
思い出すのももう嫌だ。

染めていない、肩くらいの髪で、
ほっそりとした体つきだった。
背は普通くらいだろう。
切れ長の、涼しげな目をしている女だった。
彼女はおとなしい性格なのか、口数は少なかった。

俺は本山 将弘、その当時は17歳だった。
俺と彼女は医大受験のクラスにいたが、
常にトップ5以内をキープしている彼女に対して、
俺は常に普通以下の成績だった。

まあ、そんな俺と彼女だったが、
俺の告白でつき合う事になった。

彼女と俺はそれぞれ家が反対方向にあり、
学校も違ったので、
そんなに長い時間一緒にはいられなかったけれど、
それでもメールや電話でまめに連絡を取り合っていた。
...最初の頃は。

今思えば、彼女は俺の事を
そんなに好きじゃなかったんだと思う。
そういえば、彼女から
はっきり好きだと言われた記憶はない。

彼女は時間と共に俺との距離を開けていった。
最初にデートと電話がなくなった。
次にはメールの数が少なくなった。
予備校でも、他の女子と一緒に行動するようになった。
俺が近付くすきを与えなかった。

それでいて、メールの内容は
期待を持たせるようなものだった。
なにしろ俺が彼女に惚れていた。

何も見えていなかった。
彼女の全てを信じきっていた。
彼女の「今度」を鵜呑みにしてしまった。

いつ、彼女からメールが来るのだろう、
いつ、彼女と二人で会えるのだろうと期待した。

最初の1か月は、忙しいのだろうと思っていた。
次の1か月は、彼女の事を心配した。
そうして3か月目、
どうして彼女が俺との距離を置いたのかやっとわかった。

高校2年の冬だった。
ちょうどバレンタインデーだった。
予備校の帰り、別のクラスの教室で男女の笑う声がした。
ドアの隙間から覗いてみると、彼女と知らない男がいた...。

まずいのは、俺がそこで引くような男じゃなかった事だ。
俺はドアをがらりと開け、二人の間に割って入り、
まずは彼女を平手で殴った。
俺が女に手を上げたのは、後にも先にもこの時だけだ。

体のでかい俺に殴られた彼女はふっ飛んで、
椅子から転げ落ちて床に倒れた。
机の上のチョコレートが、箱ごと散らばった。
それを見てキレた男が俺に殴りかかってきたが、
弱い力で相手にもならなかった。

起き上がった彼女は床の上にすわり、
俺が殴った頬を押さえて、

「...バカな男」

と、一言吐き捨てた。
俺はもう何も言えなかった。

バカな男。
彼女の一言は、俺の心を切り裂いた。
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