第17話 グリーン

「何で俺の名前を知っている?」

俺は中澤が俺の名前を知っているという事に驚いた。
緑のアイビーがうっとおしい1号館の壁が途切れて、
俺と中澤は少し開けた場所に出た。
俺は灰皿のそばのベンチに座って、たばこに火をつけた。

「英文科の女に聞いた」

俺と少し間を置いて、
中澤もベンチに座ってたばこに火をつけた。

緑の軽いマルボロか。
いいところのぼんだから、
たばこももっといいものを吸っているかと思ったが
意外と普通だ。

「で?」

「昨日の夜、車の中からお前とちひろが
大通りを二人で歩いているのを見た」

「それが?」

「お前、ちひろとはどういう関係なんだ?」

中澤があまりにも中澤らしい発言をしたので、
ついふっと笑ってしまった。

「ご心配なく。ちひろには好きな男がいるようだから」

「...崇か!」

中澤は眉間にしわを寄せ、憎悪に満ちた表情を浮かべた。

「俺らの割り込む隙はとてもないぞ」

「なんでそう言える?」

「小倉がちひろをどう思っているかはともかく、
ちひろのあの様子を見てればわかるだろ」

「お前はそうやって、
そのまま指をくわえて見ているだけだろうが、
俺は違う。攻めて攻めて攻めまくって、
崇からちひろを奪ってやる」

「お前ならそれもいいかもな。
英文科の女たちもお前の事きゃあきゃあ騒いでるし」

「お前もな」

そう言って、中澤はちらりと別の方向を向いた。
そこにはクラスの女が3人ほど固まって、
こちらをちらちら見ながら何かひそひそと話をしていた。

「あいつら、俺らができてるって噂してんだよ」

俺はたばこを消してくすりと笑った。

「ばかな」
「本当さ。ま、そういう訳だから俺もう行くわ。じゃあな」

俺は立ち上がって、次の授業へと向かった。
女の子たちがたちどころに俺の周りを取り囲んで、
中澤くんと何してたの、何話してたのとうるさかった。

家に帰って、洗濯物を取り入れている時、
庭木が伸びてもっさりとしている事に気付き、
そろそろ庭師に来てもらう必要があるなと思った。

するとその次の朝、庭師の方から電話がかかって来、
もうそろそろお宅に伺う頃ですが予定はいかがいたしますか、
と言って来たので俺は、
それなら土曜日にお願いしたいのですが大丈夫ですか、
と返事し、土曜日に来てもらう事に決まった。

俺はその日のうちにパリにその件をメールした。

パリからは庭師さんはお昼にお弁当を持って来るから、
昼食時と3時頃の休憩時にお茶を出す事、
3時にはお菓子も出す事、
お菓子は近所の和菓子屋の大福がよい事など、
細々とした指示が返って来た。

俺は金曜の午後、大学の帰りにその大福を買って来て、
その紙袋に「庭師用」とマーカーで書き、
自分の部屋の机の一番下のひきだしにしまっておいた。
台所に置いておくとユウジあたりに食べられてしまう。

夕食時、ユウジとケイちゃんに庭師が入る件を話したところ、

「なんか下宿屋の管理人くさい」

と言われてしまった。
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