第16話 アップサイドダウン・ケーキ

その後、ちひろとはカフェでケーキを食べ、
駅まで送ってそこで別れた。
家に戻るとタイミングの悪い事に、
ケイちゃんとユウジがダイニングで
ケーキを食べながらコーヒーを飲んでいた。
どうやら試食会らしい。

今日のはスポンジの上に
アメリカンチェリーのゼリーとコンポートが乗っていて、
生クリームとハーブで飾ってある。

「将やん、ちひろちゃんとは何か進展あったかな?」

ケイちゃんが俺の分のケーキを皿に取り分けながら、
にやにやと笑い冷やかした。
有無を言わせず強制味見の予感だ。

「なんでちひろが一緒って分かるんだ?」

「すごい気合い入った格好しちゃってばればれもいいとこ。
さ、何があったか包み隠さず吐いてもらおうじゃないか」

さすがユウジだ。
服でそこまで推測するか。

「なんもねえよ。
ちひろ含むクラスの奴らとあやしい店でメシ食ってきただけ」

そう言うと俺は皿に盛られたケーキを指でつまみ、
3口ほどで食べてしまった。
あのあやしい店はそのまま
俺らの間でも「あやしい店」と呼ばれている。

「ほんとかあ?」
「ほんと」

まあ、嘘は言っていない。

「で、味はどうなんだ?」

ケイちゃんが俺の分のコーヒーをテーブルに置いた。

「ちょっと甘過ぎる気がする。
俺はもうちょっと酸っぱい方が好きだ」

「俺はもっと甘くてもいいと思うなあ。
あと生クリーム増量希望!」

俺の意見はいつも甘さひかえめで、
逆にユウジの意見はいつもこってりと甘い。
ラッキーストライクを1日に2箱は軽く空ける
ヘビースモーカーだからだろうか。

「それよりこんな夜中に男3人で
ケーキの試食会ってのもどうかと思うが」

俺はケイちゃんにそう言うと、
コーヒーを半分くらい飲んで、自分の部屋へとあがった。
ちひろとの時間の余韻が醒めないうちに。

次の日の昼休み、ちひろを学食の禁煙席で見かけた。
小倉と一緒だった。
声をかけようかと一瞬思ったが、
ちひろはとても深刻そうな顔をして
小倉に何か相談事をもちかけている様子だった。
とても割り込めそうもない空気だった。

ちひろが困った時頼るのは、
俺じゃなくてやっぱり小倉の野郎なんだ。

単なる友達と好きな男との越えられない壁を再確認させられ、
ゆうべとはまったく逆の気持ちを抱え、
俺は喫煙席で一人昼食を食べ、次の授業へ行こうとした。

学食を出て、1号館と12号館の間を歩いている時だった。
目の前にぱっと目立つ、芸能人のような男が現れた。
中澤 健太郎だった。

「英文科の本山だな」
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