第15話 別腹

まあ「あやしい店」の事だから、
きっと料理屋が本業ではないのだろう。
ここにいる一家もただの使用人かも知れない。

前に一度だけ、
上質なスーツに身を包んだ中国人の男たちが
一番奥の個室に通されて行くのを見た事がある。
実際のところ、ここは
そういう人たちの集まりに使われる場所に違いない。

しかしながらこの店の料理が安くて美味しいのは事実だ。
女の子たちは料理の味にすっかり満足し、
今度誰かを連れて来たいといっていたが、
俺は慌てて女の子だけで遅い時間に来てはいけないと警告した。

店を出ると、雨はすっかりあがっていた。
大通りの交差点でみんなと別れ、俺とちひろだけになった。
他の子たちは地下鉄かバスで帰るのだろう。
タクシーを拾う子もいた。

「お前はどこから帰るんだ?」

俺が聞くと、ちひろは駅へと続く大通りの方へ歩き出した。
道路のまん中、両端と大きなけやきの木が並んでいて、
鬱蒼と茂るその葉で通りは暗かった。

「こっちのが駅近いでしょ。将弘は?」
「途中まで一緒」
「ふーん...やっぱ近くに住んでるんだ。いいなあ」

ちひろは食事の時に髪をとめていたヘアクリップを抜いた。
長い髪がふわりと広がった。
...たまらない。
男の欲望は容赦ない。
俺は自分が男の身である事を恨んだ。

通りの途中にある歩道橋のそばで立ち止まった。

「どうしたん?あ、ここで曲がるん?」
「...」

じっとちひろの顔を見つめた。
中華料理の脂でてかてかしている。

「ちひろ」

俺は彼女の頬を両手でぎゅうと挟み込んで軽く押した。

「む」
「甘い物は別腹か?」
「むきゅ」
「ケーキ食いたい。おごるからつき合え」

俺はちひろの顔から手を離し、脇道へと入った。
近くにケーキの美味しい夜間営業のカフェがある。

「ケーキ!ケーキ!」

ちひろは子供みたいな嬉しがり方をしながら
俺のあとをついて来た。

「うるさいから他のやつらには内緒だぞ」

...まあいいか。
当分は友達で。
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