第14話 あやしい店

当分俺とは口もきいてくれないだろうと
半ば諦めていたが、
次に会った時ちひろは
何事もなかったかのように話しかけて来た。

「ねえ将弘、あんたこのへんで安くておいしい店知らない?」

昼休み、俺が学食の喫煙席で
マナブとの旧交を温めている時だった。

「...まあ、いくつか知ってるけど何系がいいんだ?
何人で行くんだ?」
「クラスのコ何人かで
おいしいもんどっか食べに行きたいねーという話があってさ、それで。
将弘あんたも来ない?」
「いいけど...。
じゃあ、人数の融通のきく居酒屋の座敷か中華がいいな。
この近くだと...」

俺は知っている店を何軒か挙げた。

「じゃあさ将弘、
みんなに希望聞いてみてからメールか電話するから、
あんたの番号とアド教えといてよ」

...これは!

「いいよ。お前のも一応教えといて」

俺はかばんからルーズリーフを1枚出し、
そこにボールペンで自分の名前と携帯番号、
アドレスを書いてペンと共にちひろに渡した。

ちひろはそれを受け取ると、余白部分をちぎり取り、
そこにちひろ自身の携帯番号とアドレスを書いて俺に返した。
思いもかけない収穫と進歩だ。
ちひろが去ったあと、
マナブにしっかり冷やかされてしまった。

ちひろからの初メールは1時間ほどしてやってきた。
店は中華がよく、人数は俺を入れて6人、
時間は6時くらいから、予算は一人当たり2000円ほどで、
との事だった。

俺は初メールの感激もそこそこにして、
店に予約の電話をかけた。
予約は無事に取れ、俺はその報告と集合時間、
集合場所をちひろにメールした。
無味乾燥な内容の俺の初メールだった。

俺は午後の授業をさぼり、
買い物をしてケイちゃんとユウジの夕食の支度をし、
彼らに書き置きし、
自分の部屋でちょっと夜っぽい服に着替えてからまた学校に戻った。
小雨が降っていた。

5時半頃色とりどりの傘をさして、
集合場所の大学正門にやって来た
ちひろとクラスの女子たちと合流した。
男は俺一人だった。
ちひろは俺が着替えて来た事に驚き、

「もしかして将弘ってこの近くに住んでるん?」

と、聞いた。
俺は無難に下宿をしていると答えておいた。

その店は祖母や伯父が家で食事をするのが面倒な時や、
伯父の会社の飲み会、親戚の集まりなどに使われる店だった。

中国人の夫婦が経営しており、
店内のしつらえも、料理の味も彼らの地元のもので、
その味を求める地元民か外国人しか行かないような、
ちょっと「あやしい店」だ。
その証拠に店は深夜まで営業している。

狭い入り口を入ると、
絹の厚い絨毯のふかふかとした感触が足をつかんだ。
娘さんと奥さんが上手とはいえない日本語で迎えてくれ、
奥の丸いテーブルに案内してくれた。

「ちょっと本山くん、この店本当に大丈夫?高いんじゃない?」

俺の隣に座った女の子が不安そうに小声で言った。

「大丈夫、何回も来てるから」

俺はそう答えたが、思えば不思議な話だ。
この店の立地、雰囲気、料理、
どれをとっても値段以上のものだ...。
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