第12話 直感

俺はその場で急いでちひろがくれた封書を開封し、
中身を取り出した。
コピー用紙と思われる紙が2枚ほど折り畳まれて入っていた。
その1枚目にちひろの字で、

「ごっついおっさんへ。
最近女子の間であんたがゲイって噂あるけどほんと?」

と書いてあり、
2枚目には俺の全身図がけっこう上手く描かれていて、
そこに噂の根拠として、

1.やけにおしゃれに気を使っている。
2.持ち物のセンスが普通の男とは思えないかわいさ。
3.女の気配を感じないのに、餓えている様子もない。

と、解剖図のように書き添えられていた。

...一瞬でもラブレターかと思って
どきっとしてしまった俺が馬鹿だった。
ちひろはそんな俺を見てにやにやとしていた。

「誰がゲイだコラ」

俺が怒ると、ちひろはあははと笑って走り出した。
少し追いかけたところで俺はちひろを捕まえ、
そのままぎゅっと抱きしめた。
...怒るかなやっぱり。

しかしちひろはまた声を立てて笑い、

「だめだめ、こんな事で噂を消そうとしても無理!」

と言い、俺の腕からあっさりすり抜けて行ってしまった。
腕の中に残るちひろの髪や体のやわらかな感触と
甘い匂いがとても物狂おしかった。
俺はちひろが好きなんだと初めて思った。

自分で気が付いてしまうと、
その想いは急激にスピードを上げて深まっていった。
俺は恋愛の最も甘美なる部分が自分の血液となり、
骨の中の細かい繊維の間にまで浸透していくのを感じた。

それと同時に、ちひろの彼氏の有無が気になっていた。
ちひろに彼氏はいるのか、いないのか。
俺が攻める余地はあるのか、ないのか。
そう思ってちひろの周辺に注意を向けていたら、
2人の男が浮上した。

一人は経営学部1年の中澤健太郎、学内でも有名な男だ。
なにしろルックスの良さは学内一といってもいいほどだ。
適当な身長、すらりとした体つき、
長い足、整った華やかな顔立ち。

もともとの土台の良さに加え、
服や持ち物のセンスも良く、その全てが上質だ。
まるで金をかけて磨き上げたホストのようだ。
だが、下品な感じはなくどこまでも上品だ。

それもそのはず、
彼の家は俺でも知っている名前の会社を経営しており、
中澤の家名も広く聞こえている。
そんな彼がなぜか暇さえあれば
ちひろの周りをうろついている。
しかしちひろは中澤の事を相手にしていないようだ。

もう一人の男の名前は知らない。
だが、中澤ともちひろとも共通の知り合いのようだ。
前に学食の禁煙席に3人でいるのを見た事がある。
この男は中澤とは対照的にとても地味な男だった。

高いとは言えない身長に、
やせて骨張った体つき、青白く、不健康そうな肌色。

服装も首まわりが伸びきり、
生地も色も薄くなった黒のTシャツに、
尻まわりがやたら余っているジーンズ、
黒のスニーカーと、無頓着な感じだった。

見たところこの男は口数も少なく、
ちひろが必死になって話しかけている様子だった。

俺は恋している者の直感というやつですぐに気が付いてしまった。
ちひろはこの男に恋している。
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