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第9話 迷い
結局、俺が残業してデザインをやり直し、その仕事は完成した。
つらい仕事だったが、そのできばえは素晴らしく、後に神田デザイン事務所の仕事の見本として使われる事になるほどだった。
俺は、その中で最も気に入った写真を、自分の席のMacの壁紙とした。
しかし、その仕事と、日頃のストレスのせいで、胃を痛めてしまい、俺はその週の中頃から、会社を欠勤してしまった。
もう限界だった。
あの社長と顔を合わせているのも、嫌いなクライアントから毎度文句を浴びせられるのも、その両方の板挟みになるのも。
河村さんとの仕事もそうだ。
どうして、彼女とだけはうまくいかないのだろう。
でも、もう俺に彼女とうまくやっていく自信はない。
これからもそれらの事があるかと思うと、これから先、あの会社にいられる自信もない。
俺の頭の中で、退職という考えがふっと浮かんで来た。
そうだ、退職したら...。
全てから解放される。
しかし...。
俺は優柔不断な男だ。
こんな時になってもまだ迷っている。
俺は、迷った挙げ句、画像処理チームで最年長のパートタイマーの岩井さんにメールで相談することにした。
彼女なら、人生の先輩として、何か良いアドバイスをしてくれるだろう。
俺は、何か困ったことがあると、彼女に相談してきた。
岩井さんの返信は、ありきたりなものだったけれど、俺の事を心配してくれているのがわかって、とてもありがたかったし、なぐさめられもした。
そして、冷静にもなれた。
今、退職してしまうと、厳しい状況になる。
まだまだ不景気な世の中だ。
パソコンのスキルも高いとはいえない、事務職の経験もない、かといって力仕事をする体力があるわけでもない、この俺に転職は難しいだろう。
結局、耐えるしか道はないようだ。
月曜日には会社に出ないと、そろそろまずいだろう。
また、社長の小言を延々と聞かされそうだ。
憂鬱という以外に表現のしようがない。
週が明けて月曜日、俺は重い体と心を引きずって、出社した。
社長と顔を合わせたくない気持ちでいっぱいだった。
俺が席に着くと、
「おはようございます、酒井さん、心配しましたよ」
河村さんが声をかけてきた。
意外だ。
彼女が俺の心配なんかするとは。 |
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