第10話 うんざり

 河村さんも、さすがに申し訳ないとでも思ったのだろうか。
 でも、まあ悪いことじゃなかった。
 次に、彼女と仕事をする時は、きっと前よりはうまくいくだろう。
 
 それから、俺は何事もなかったように仕事をしていた。
 河村さんや富家さんが、牧村さんや藤原さん、同じくDTPチームの稲村くんとなんだか仲良くなっているのには驚いた。
 俺の休んでいる間に何があったのだろう。
 富家さんが藤原さんや稲村くんと仲良くなるのは、席が近いからわかる。
 河村さんが牧村さんと気が合うだろうこともわかる。
 あのふたりは趣味が似ている。
 まんがとか、ネットとか。
 牧村さんがサイトをもっているのは前から知っている。
 河村さんも自分のサイトをもっているらしい。
 きっとその関係だろう。
 河村さんと藤原さん、稲村くんがわからない。
 いずれにせよ、俺だけがのけ者ってわけだ。
 思えば、俺は社内でも孤立ぎみだ。
 あまり他人との交流を持ちたがらない性格のせいだろうか。
 俺が社内の人間と交流を持つのは、仕事がらみか、それともからかいの標的にされた時くらいなもんだ。
 どうやら、俺はからかいがいのあるやつらしいのだ。

 社長は、3時のコーヒータイムのちょっと前にデザイン部にやってきた。
 どういうわけか、機嫌が悪そうだった。
 彼は、ミーティング用の席に、壁と本棚を背にして、どっかりと腰をおろすと、デザイン部の者全員に召集をかけた。
 俺は、いつもと同じようにメモとペンを手にして、彼の方を向いた。
 すると。
 「酒井!!お前はこっちに来い!!」
 と、社長が怒鳴った。
 俺は、言われるがままに、社長の向かいのミーティング用の椅子に座った。
 その場の空気がピンと張りつめて、重さを増した。
 社長は続けた。
 「酒井、お前今日俺がここ来て、どんな座り方したか分かるか!?」
 そんなの知るかよ。
 どうして、俺がそんな事にまで注意を払わねばならないのだ。
 「大体、お前は仕事を休むのに、デザイン部に電話1本しただけで、俺に挨拶しない!?」
 いつも昼前に出勤してくるんだから、朝、会社に電話してもいないだろうが。
 それに、無断欠勤したならともかく、会社には電話入れているんだ、それのどこが悪い!?
 「その上、会社に出て来ても、俺に挨拶ひとつしない。デザイン部のみんなにもだ!!お前が休んでいる間、みんなに迷惑かけといて、何の挨拶もなしか!?立て!!みんなに謝れ!!」
 これについては俺も自分の非を認める。
 俺は立ち上がって、
 「皆さんには、ご迷惑をかけてしまい、申し訳ありませんでした」
 頭を下げ、また座った。
 社長の小言はまだ続く。
 「お前は休んでいる間、岩井さんにここの社員としてやっていけるかどうかなどどメールで相談したらしいな。」
 岩井さん、社長に言ったのか。
 「何の関係もないパートのおばちゃんを巻き込んで、迷惑かけるんじゃない!!大体、お前には社会性ってもんがないんだよ!!社会人失格だ!!」
 ごちゃごちゃうるせえよ。
 謝ったんだから、もういいじゃねえか。
 お前の長い小言でみんなの仕事邪魔すんじゃねえよ。
 いくらお前の会社でも迷惑だろうが。
 社長の小言はそれからしばらく続いた。
 何度も同じ内容のくりかえしだ。
 みんなもうんざりしているようだった。
 俺もうんざりだ。
 小言を続けていた社長は、ひとり熱くなって、叫んだ。
 「立て、酒井!!」
 俺は立ち上がった。
 社長が俺のいる方に回った。
 何するつもりだ。
 殴るのか?
 ...上等だ。
 殴って気が済むんだったら、最初からそうしろよ。
 俺は、歯をくいしばった。
 やるならやれよ、俺は受けて立つ。
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