第7話 弱い男

 藤原さんとも、あまり話すことはなかった。
 彼は、黙ってただ紹興酒を飲むだけで、料理にはあま
り箸をつけなかった。
 彼は、文字も左手で書く、真性の左利きだった。
 俺も、真性ではないが、左利きで、左隣に彼がいるの
はありがたかった。
 左利きの左隣に、右利きの者がいると、ひじとひじが
ぶつかってしまうからだ。
 よく見ると、河村さんも左利きだった。
 確か、東さんも左利きだった。
 左利き率の高い会社だ。
 その事に社長が気付き、場は盛り上がったものの、依
然として、俺と河村さんの間に会話は生まれなかった。
 ...なんか変だ。
 この時、俺は初めてそう思った。
 何が、どう変なのか、うまく表現できないんだけど。
 
 その歓迎会から2、3日経って。
 俺は、地方へ出張に行った。
 この出張は、俺が自分で志願したものだった。
 しばらく会社を離れたかったからだ。
 あの社長と顔あわせているのも嫌だったし、嫌なクラ
イアントとも離れられる。
 ...河村さんとも。
 彼女との間に生まれる、重い空気に耐えられなかった。
 男なら、逃げないで、目の前にある現実と向かい合わ
なければいけないのに。
 俺は、弱い男だな...。
 でも。
 全てを限界まで溜め込んで、突然爆発して、自分の中
の全てを吐き出して、壊してしまうのは得策じゃない。

 その出張から帰って来た俺を、思いがけない事が待ち
受けていた。
 新しい仕事だ。
 それも、河村さんと組んでの仕事であった。
 新しく受注した、小冊子の写真加工とデザインだった。
 どうやら、彼女とはいろいろ話し合う必要がありそう
だ。
 よりによって、こんな時に。
 一体、何をどう話し合えというのだろう。
 他のやつとならともかく、相手は河村さんだ。
 話す事なんてないんじゃないのか。
 わざわざ、ふたりの間にまた重い空気を生むことない
んじゃないか。
 でも、それじゃだめだ。
 これは仕事だ。
 気の重い仕事だ。
 出張に行って、逃げられるような仕事でないのが恨め
しい。
 俺も、腹をくくらねばならないのか。
 ...胃の痛くなる、つらい仕事だ。
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