第6話 ひとり

 河村さんは、いつもお弁当を持参している。
 牧村さんもそうだ。
 俺は、昼休みには誰とつるむでもなく、近所の公園へ行ったり、ちょっと離れた店で食べたりと、社内にいることはまれだ。
 河村さんは、辞めていったDTPチームのチーフと今までお昼を食べていたが、今度は富家さんと食べるようになったようだ。
 このへんがどうやら、彼女が富家さんの入社を喜んだ理由のようだ。
 河村さんと富家さんは、気が合うと見え、日増しに仲良くなっていった。

 そんな彼女たちの歓迎会が行なわれる事になった。
 4月の中旬の事だった。
 この日は、朝から天気が悪く、午後から雨が降り出した。
 会場選びも、その手配も社長ひとりで済ませていた。
 社長は、何でも自分の思う通りにやらないと気の済まない男だった。
 会場は、会社から車で10分ぐらいのところの、繁華街の雑居ビルの地下にある中華料理店だった。
 社長は、その店の個室を予約していた。
 部屋には、大きな円形テーブルが中央にどんと置かれ、それを取り巻くように、予約人数分の椅子が配置されていた。
 誰が、どこに座るか、そんなことを言い合っていると、遅れてやってきた社長が当然のように最も上座に座り、
 「今日は歓迎会だから」
 と、富家さんと河村さんを自分のとなりに座らせた。
 富家さんの横は、女性で固まってすわることになったが、男性社員らは、誰がどこに座るのか未だに決められずにいたら、
 「年功序列にすればいいだろう」
 と、社長が言ったため、年齢のわりに古株な俺が河村さんの横に座る事になった。
 ...まいった。
 河村さんとは何も話す事がない。
 俺の左隣は、藤原さんだった。
 藤原さんは、 藤原 直、30歳、入社3年目、新たにDTPチームのチーフとなった。
 彼は、人当たりがよく、俺と比べてルックスもいいほうだから、彼女がいてもおかしくないが、やはりこの仕事のせいで彼女がいない。
 ルックス、性格、仕事の忙しさ、どれをとっても彼女のできなさそうな俺と並んで、社長のいい標的だ。
 社長は事あるごとに、俺や藤原さんに、
「お前はそんなんだからもてない」
 と、いろいろうるさい。
 大きなお世話だ。

 料理は社長が一人で選んで決めた物だった。
 しかし、社長はうまい物好きなので、どれもおいしかった。
 ただ、社長は食べる時、くちゃくちゃと音を立てて、下品にたべるので、今、彼の隣に座る、富家さんと河村さんがちょっとかわいそうな気がした。
 事実、河村さんは、椅子を俺の方に寄せて、社長と距離をとっていた。
 こんなにそばにいても。
 彼女とは何も話す事がない。
 そんな俺と、社長に挟まれた河村さんは黙って、さもひとりであるかのように食事をしていた。
 ひょっとしたら、彼女はひとりでの食事に慣れているのかも知れないと思った。
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