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第5話 攻防
問題のエスプレッソマシンは、結局河童橋の店で取り寄せてもらうことで解決した。
それから、また河村さんとは話す機会がなくなった。
俺は、そういうやつだから、自分から彼女に話しかけることはしなかったし、彼女も、自分から話しかけるような用事がないとみえて話しかけてくることはなかった。
しかし、牧村さんが俺にからんで来ると、彼女は俺たちのほうを向いて、俺と牧村さんの攻防を楽しんでいるようだった。
「だから、ここは真っ直ぐパス切れってんだよ!!」
俺は、牧村さんの写真加工のプリントアウトを彼に突っ返した。
彼は今、広告の仕事がヒマで、商品の写真加工の練習をしている。
作業がひと段落するたびに、そのプリントアウトを、彼は俺に見せにやってくるが、無言で突き付けたり、俺の机の上に置いてあったり、俺に体当たりしながら渡したりと、とても挑戦的だ。
俺も負けてはいない。
牧村さんは、同じ事を3回は言わないと理解しないので、なるべくきつめに言うことにしている。
「なんでだよう!!」
牧村さんは、赤い顔をさらに赤くして、反論した。
「よく見ろ、画像のふちがガタガタだろうが!!だいたい、何だこの画像の小ささは、紙の無駄だろうが!!ちゃんと普通の大きさで刷れ!普通の大きさで!!」
俺は、さらにきつく言い返した。
横でくすくす笑う声がした。
河村さんが笑っていた。
また変なやつに思われただろうか。
月が変わって、4月に入った。
デザイン部ではまた人事の入れ替わりがあった。
DTPチームのチーフが辞めて、かわりにまた若い女の子がやってきた。
富家 愛美、26歳。
前職は区役所勤務の公務員だったという。
なぜそんないい職を捨ててまで、こんな所に来たのか全く不思議だ。
富家さんは、色白で、太っているわけではないが、ふっくらした感じの肉付きで、茶色のストレートヘアを背中に垂らしている。
服装はどちらかというと、女の子っぽいものを好むようだ。
俺は、服装にはかなり疎い。
今、どんなのが流行りなのかよくわからないが、富家さんは、最近よく見かけるタイプのカットソーに、前にファスナーのついた、ベージュ色の厚手のスカートに、ひざ下までのソックス、灰色のスニーカーをはいている。
服装から言っても、おとなしそうな性格が予想できる。
そんな彼女の入社を一番喜んだのは、河村さんだった。 |
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