|
第4話 へえ...。
河村さんは、俺に声をかけたと同時に、さっきまで一生懸命何かを書き込んでいたメモを差し出した。
見ると、なにやら機械のようなものがいくつか描かれている。
「この小さいのが家庭用ので、粉と水入れて、ガス台に網ひいて、その上にのせて使うやつ、真ん中のやつはカートリッジ式で、泡立てたミルクがでてくるのもあるやつで、右の四角いのは業務用で、一度に何人か分いれられるけど、6桁します」
彼女は、たいへん細かい説明をしてくれたにもかかわらず、俺は礼を言うでもなく、
「絵、上手いですね...」
と、ぼそりとつぶやくように言っただけだった。
これ以上会話が続かなかった。
そこが俺の「他人との会話ではいつも言葉の足りないタイプ」たるゆえんだ。
俺は、気まずくなって、主婦の東さんに話をふった。
東さんは、電話をかけて、誰かと話しはじめた。
どうやら、知り合いにコーヒー屋に勤める人がいるらしい。
しかし、思うような回答は得られなかった。
その後、俺はあちこちに電話をかけ、いろいろ聞いたが、新たに「ミルはどうするのか」という問題が浮上したため、社長にそのことを尋ねると、
「当然豆を挽くところからやる」
と、予想通りの答えが返って来たので、ミル付きのエスプレッソマシンを探す事になった。
当然ながら、そのへんの家電量販店には置いていない。
すると、河村さんが、
「河童橋ならあるかも」
と、言った。
なぜ河村さんはこんなにエスプレッソに詳しいのだろうか。
河村さんと東さんの会話によると、彼女の姉がコーヒー屋に勤めていて、家でもエスプレッソをいれることがあるからだそうだ。
その翌日は土曜日で会社は休みだったが、俺は河童橋へ出向き、問題のミル付きエスプレッソマシンを探した。見つかったはいいが、思いのほか高額だったため、
月曜日に社長にまたきいてみようと思った。
月曜日、出社して、メールチェックしていると、
掃除を終えた河村さんが、
「おはようございます。あれからエスプレッソマシン、見つかりました?」
と、声をかけてくれた。
「なんとか」
俺が答えると、彼女は、
「よかったあ」
そう言って、ちょっと笑った。
この件で、俺、ちょっとは河村さんと交流が持てたかな。
もっとも、後でエスプレッソマシンの価格について、社長から、
「俺が買うって言ったら買うんだよ!!」
と、怒鳴られはしたが。
|
|
|
|