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第29話 手
「...元気で」
俺は、差し出された河村さんの手を握った。
「!!」
彼女は目をむいて、飛び上がりそうになった。
どうやら、力を入れ過ぎてしまったようだ。
彼女の手は、俺のと比べると小さい。
手のひらも薄い。
指の一本一本もずっと細い。
そんな手を、男の力でぎゅっと握ったら痛いに決まってる。
もっとやさしくするべきだった。
俺は、こんな時でも不器用な男だ。
でも、俺の事を忘れないでほしかった。
たとえ、わずかでも、彼女の中に俺を残しておきたかった。
手の力を緩めた。
彼女もそうした。
手をゆっくりと抜き始めた。
淋しさが、心の中に流れ込んで来た。
この手を、離してしまったら。
彼女のいた時間、彼女のさまざまな表情、
そこに込められた激しいまでの感情。
全てが消えてなくなる。
全てが終わる。
そんな感じがした。
河村さんは泣いた。
少しの沈黙のあと、今まで抑えていた感情が溢れ出るように、
彼女の目から涙がこぼれた。
俺は、彼女に背中を向けた。
彼女は泣きながら俺の方へ振り返った。
牧村さんが俺と彼女の様子をずっと見ていた。
彼には後でからまれ、何か言われそうだ。
俺が河村さんを泣かしたとかなんとか。
俺は、ドアの方に向かって歩き出した。
彼女は俺の背中を見送っていた。
ドアを開け、俺は部屋を出た。
終わりだ。
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