第27話 笑顔アルバム

 車窓の向こうで、街の灯りが流れて行く。
 俺は、ドアにもたれかかったまま、さっきの河村さんを思い出していた。
 手の甲で目をぬぐいながら、背中を向ける彼女が、小さく、とても淋しそうだった。
 彼女はよく泣いた。
 俺が殴られると泣き、生きる意味を見失っては泣き、
 解雇が決まった時も泣いていた。
 でも、泣いているのと同じくらい、彼女は笑っていた。
 俺と牧村さんの攻防に笑い、俺のつまらないギャグに笑い、富家さんやみんなとのおしゃべりに笑っていた。
 時々は、青くなって、赤くなって。
 ...なんだか、アルバムみたいだな。
 自分の中に、彼女のいろいろな表情を並べて。
 俺、その中から笑顔だけ選んで、笑顔アルバムにして、ずっと持ってるから。
 だから河村さん、泣かないで。

 とうとう河村さんの最終勤務日が来た。
 彼女は、昨日の続きの、矢田さんとの仕事を仕上げようと懸命だった。
 矢田さんは、クライアントとの打ち合わせがあり、今日は一日不在だった。
 河村さんは、昨日帰りがけに矢田さんに別れの挨拶をしていた。
 泣きながら握手をしていた。
 俺は、今日の午前中までだけど、彼女はどんな挨拶をするのだろう。
 矢田さんとでさえ、泣いていたくらいだ。
 きっと大泣きするだろう。
 でも、今日の彼女は、今のところ泣いているどころか、うっすら笑みを浮かべた穏やかな、それでいて力強さを感じさせる表情をしていた。
 俺は、11時過ぎには出かける予定だった。
 1時に打ち合わせの予定だが、ちょっと遠いところのクライアントだったからだ。
 時間が近付くにつれ、彼女は思い詰めた表情になってきた。
 仕事も手についていなかった。
 俺も、手を動かしてはいたけれど、頭は河村さんになんて挨拶したらいいのかでいっぱいだった。
 彼女は矢田さんにしたのと同じように、握手を求めてくるのか。
 そしたら、どうしたらいいのか。
 さよならは言うのか。

 11時を回った。
 そろそろ行かないといけない。
 と、しんみりしていると、社長がどかどかと大きな足音を立てて階段をのぼり、デザイン部にやってきて、俺を怒鳴りつけた。
 「酒井、お前過去の月間予定表をファイルしてあるって言ってたな。あれ見せてみろ!」
 しかし、問題のファイルはなぜか俺の机の上にはなかった。
 仕方ないので、Macから呼び出そうとしていると、
 「バカもん!!何をぐずぐずしている!日頃からちゃんと管理していないのが悪いんだろう!!」
 さらに声を高くして怒鳴った。
 そして、社長の小言がくどくどと始まった。
 どうやら、ほんとに最後まで俺はかっこ悪いイメージらしい。
 いやだな。
 河村さんの中の「酒井アルバム」にそんな俺が残るのは。
 ...「酒井アルバム」は、きっと。
 居眠りする俺とか、今みたいに社長に怒られている俺とか、何を話しかけても無愛想な俺とか、どう見てもパッと見牧村さんをねちねちといじめてるようにしか見えない俺とか、そんなのばっかりだろうな。
 せめて、一枚くらいかっこいい俺があればいいのにな。
 俺は、彼女の中で男として写っているのかな...。
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