第26話 Adorer

 “Adorer”。
 河村さんが俺のハンドルネーム第一候補にあげた名前。
 もともとの意味は、「熱愛する」とか、「大好き」なんだけど、河村さんはもっとくだけた訳し方をした。
 俺のギャグがおもしろくて、“めちゃめちゃはまってる”からだという。
 その時から、俺のどこがおもしろいのだろうと気になっていた。
 俺は、自分でもつまらない男だと思っていた。
 彼女の言う、俺の「ギャグ」は皮肉のつもりだったのに。
 「おもしろいじゃん!酒井さんて」
 河村さんは、笑いながらそう言って、俺の質問をかわした。
 「色もんかよ、俺って」
 俺は、ちょっとすねた。
 「違うよ、色もんじゃないよ。ううんとね、うまく言えないんだけど、おもしろいよ。最初面接に来た日、となりでいきなり居眠りしてて、“何この人!?”とか思ってたけど。」
 具体的な回答は得られなかったが、悪い答えではなかったので、俺の中ではそれでよしとする事にした。
 でも、本音を言うと、どこまでもともとの意味に近いのか知りたかった...。
 
 俺と河村さんと東さんの3人は、暗い住宅街の道から、車の流れる大通りへと出た。
 東さんはおとなしそうな見かけによらず、道路を渡る時、一緒にいる者がハラハラするくらい、大胆な渡り方をする。
 前に河村さんと富家さんが、俺の渡り方を突然過ぎると言ったけれど、この東さんの大胆さには誰もかなわない。
 なにしろ、車がばんばん流れるその一瞬の隙をついて渡るのだ。
 「ふたりとも歩くの速過ぎ!」
 俺の後ろで河村さんがそう言った。
 彼女はすっかり息があがってしまっていた。
 
 改札を通り、ホームへ降りる階段から、俺の乗る電車が入って来たのが見えた。
 「あ、電車来ましたね」
 東さんが階段を降りながらそう言った。
 「じゃ、おつかれさまです」
 俺は、そう言って、急いで電車に飛び乗った。
 「おつかれさまです」
 東さんが頭をぺこりと下げて言った。
 「おつかれさまです」
 河村さんは笑って手を振った。
 俺も電車のドアにもたれかかったまま、笑って彼女に手を振った。
 発車のメロディが流れて、一瞬の静寂の後、ドアが閉まった。
 河村さんはもう一度、笑って手を振った。
 俺も、もう一度手を振った。
 電車がゆっくりと走り出した。
 ドアの窓から、彼女が手の甲で目を拭う姿が見えた。
 ...まいったな。
 俺、河村さんを泣かしちゃったかな...。
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