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第25話 カメレオン
俺は、河村さんが会社にいる時とはまた別な顔をしていると感じた。
前に彼女と富家さんと帰りが一緒になった時とも違う。
媚びを含んだ、女の顔。
多彩な表情を持つ彼女。
彼女にはこんな色もあるのか。
「河村さんは、これからどうするの?」
俺は彼女に聞いてみた。
俺たちは小学校の横にさしかかっていた。
相変わらず、東さんはちょっと前を歩いていた。
「とりあえず職安行って、それから小説を書くわ!」
彼女は、また顔を変えた。
今度はいたずらをたくらんでいる子供のような顔をしていた。
彼女にはいくつ顔があるのだろう。
「え、小説書けるの?」
「書けるよ!もともとは小説書いてたくらいなんだから」
彼女は、この会社に入る前はバイトしながらイラストレーターを目指していた。
だから、彼女が小説を書けるということは驚きだった。
「へえ、どんなの書くん?」
「そうだなあ...、いわゆる“トレンディドラマ系”の、男女が4人ぐらい出て来る、オフィスを舞台にしたやつ。会社にいると書けないから、ぜひ書きたいの」
「ラブもの?」
トレンディドラマといえばラブもののイメージの強い俺は、思わず聞いてしまった。
彼女は、ちょっと照れ笑いして、
「...うん、ラブもの」
と、答えた。
俺は、小説に何を書こうとしているのか気になった。
彼女の小説に、俺が登場するのかも。
それから、東さんが
「そういえば河村さん、本好きって言ってましたね」
と、言うので、本の話になった。
河村さんは、推理小説が好きだと言った。
俺はてっきり、軽く読める推理小説かと思っていたが、彼女はハードボイルドまで読むという。
俺は移動中に本を読むタイプだが、面白いのは彼女が乗り物酔いしやすく、移動中に本が読めないという事だった。
「...酒井さんとはこんなふうに話す事、あんましなかったですね」
ふいに河村さんが言った。
「そうだねえ、俺、休んだり出張行ったりしたし」
「酒井さんとは、もっといろいろ話したいと思ってたのに残念です」
「メールがあるじゃん」
「そしたらメールで酒井さんの事、ほめ殺すわ!」
彼女は笑った。
「そりゃまあ...けなされるよりほめられる方が、俺は好きだよ」
俺は、どきどきして、赤くなって、そう言った。
駅までの道が暗くてよかった。
闇は全ての色を包み込んで隠してくれる。
俺は、思いきって聞いてみることにした。
ずっと気になっていた事を。
「...河村さん、俺のどこがそんなにおもしろいの?」
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